ポアロの三毛猫
梓さんからそろそろ事務所につきますという連絡が入ったらしい。世祖が俺の服を引っ張り「モヤモヤしてない?」と聞いてきた。安室さんが女性と話してるから、ってことか。俺よりもよく分かってるなあと思いながら「してないよ」と笑う。さっきの安室さんには揺さぶられたけど好きって言う感じではなかったしなあ。 ポアロから飼い主さんたちを呼び出すと、どれだけ待たせるんだ!と怒られた。ネコの飼い主見極めるのに確かに時間は使いすぎかもしれない。 「会えば誰かすぐ分かるっての」 「まあ、もうすぐ着きますから」 毛利さんの言葉のフラグを回収するように梓さんが大尉を抱えて駆けこんできた。にゃおん!と叫びながら雨澤さんに大尉が飛びついた。猫が可愛い。 これはもう雨澤さんが飼い主かなあと世祖に話しかけると驚いた表情を見せた。これは俺が間違った推理をしているときの顔だ。「えー。何言ってるのー?」という意味を持つ。 「……じゃあ世祖は誰だと思ってる?」 世祖はそおっと「しゃとー、さん」と指を指した。益子社長さんが本物の飼い主らしい。全くその理由は分からなかったがなるほどなあと返事だけはしておいた。コナンもそれを分かっているのか屁理屈で違う実験をさせようとしている。 「一対一なら猫もすぐに分かるでしょうし、やらせてみたらどうでしょう」 その実験というのは事務所の入り口の扉で大尉と会ってみようというものだった。扉の向こうでは大尉が餌を食べて待機している。そこに飼い主候補が歩いていってドアを開けてご対面、というわけだ。 まずは舎川さんから。愛猫の名前はムギちゃんと言うらしいが大尉は全く反応していない。 「ムギちゃん? ほら、ムギちゃん!」 「そんなに呼んでも無駄だよ、おばさん。おばさんの探してる猫はその猫と違って雌、だもの」 「えぇっ!?」 「そうだよね、安室のにーちゃん」 すごい、めんどくさい推理パートを華麗に押し付けている。あとなんで安室さんはにーちゃんで俺は名前にさん付けなんだろうか! 「…舎川さん、おっしゃってましたよね? 抜糸は一週間かかったって。それは雄の去勢手術ではなく雌の不妊手術のこと。不妊手術は開腹して卵巣などを摘出する大掛かりな手術ですが、去勢手術は睾丸を少し切って精巣を取るだけの簡単な手術。日帰りが原則で首にカラーをつけるくらいで済みますよ」 安室さんの完璧な論破に舎川さんは顔を手で覆って事情を説明してくれた。飼っていた孫娘は修学旅行、それに合わせて両親も海外旅行。飼い猫はおばあさんに預けられたらしいが、昨日の夜から見つからなくなってしまったらしい。ポアロの猫をもらうよりペット捜索をしてくれる探偵に任せた方がよかったのでは。そんな舎川さんにコナンは笑顔でアドバイスをしてあげた。 「じゃあさ、扉が閉まってるところを探してみるといいよ。トイレとか洗濯機とかお風呂場とか。猫って人間が扉を開けた瞬間にするっと入ることがあるからさ」 「も、もう一度探してみるわ! ありがとう!」 舎川さんがヒールの音を鳴らして階段を駆け下りていく。残り二人。コナンが次は雨澤さんね、と指示を出した。自信満々の様子で扉に向かっていったがさっきのように大尉がすり寄ってくることはなかった。 「お、おい、どーしたんだよ! さっきみたいに来いよ! 来いっつってんだろ!?」 叫んだ声にゴロちゃんも驚いている。なるほど、わざわざドーピングをしてきていたのか。コナンが「マタタビの効果がなければあんたは大声で怒鳴る怖いおっさんにしか見えねえんだよ」とえぐい言葉を言っている。聞く人が聞いたら泣きそうだ。 「あなたはコナン君にあの猫が雌だと言われてあっさり身を引こうとしましたよね? 雑誌の写真を見て自分の猫だと確信し、わざわざ迎えに来たのならもっと食い下がるはず。知ってたんでしょ、あの猫が雌だと何の価値もないってこと」 「あー? 三毛猫つっても雑種だろ」 「毛利探偵、三毛猫の雄ってすっごいレアものなんですよ。最高金額はアメリカでの2000万だとか。雑種でペットショップに流通しないのでコレクターたちには一定の数、欲しがる人がいるみたいですね」 「#名前2#君、詳しいですね」 「前に読んだ本に書いてあったので覚えてただけですよ。ってことで、雨澤さんはその価値を知って一攫千金を狙ったってところですかね」 怖がらせたつもりはなかったのだが、雨澤さんは逃げるように事務所から去っていった。最期は益子さんだ。心配そうにドアに向かって歩いていくと大尉はしゃんと座って待っていた。 「漱石…私のことを覚えてくれていたんだね」 「猫は耳が超よくて飼い主さんの足音をちゃんと覚えてるんだって。だから扉を開ける前から待てたんだよ」 「なるほどねえ」 益子さんはくしゃみをしながらも猫を抱えると自分の家に帰っていった。大尉との別れを悲しむ少年探偵団に自分の住所と電話を書いた名刺を渡して。あのくしゃみは風邪だけじゃない気がするなあと思いながらポアロで何か食べていくことにした。探偵団、毛利探偵たちも食べるということで今日はほとんど満員状態になった。 もう貸し切りにしてもらってみんなで食事しませんか、と誘うとえへへっと笑った梓さんが紙に貸し切り!と書いてドアに貼りつけた。一応、安室さんの正体を知っている身としてはこの人をこんなところに拘束していいものか分からなかったが何だか楽しそうなのでよしとする。隣に座られているのが気になるがこれは気にしては…いけない。 翌日、世祖と一緒に阿笠博士のもとに遊びに行くと哀と一緒に沖矢さんもいた。世祖が何か言うかと思ったがもう気にしてないのかそのまま博士のお腹に顔をつっこんだ。 「おやおや、世祖さんは博士のお腹が大好きなんですね」 哀の前ということでかなり白々しい言葉だ。そうですね、と頷いて「沖矢さんのお腹は脂肪が少ないから世祖には嫌がられるかもしれませんねー」なんて笑った。 「あら、私は#名前2#さんも好きよ」 「えー嬉しい」 哀を膝の上に乗せると「お上手ですね」と俺に向けてか哀に向けてかよくわからないことを言った。今日は沖矢さんは何しに来たかと言うと作りすぎたシチューを配りに来たところに俺たちが来るから一緒にご飯を食べようということらしい。沖矢さんは全く悪びれない顔で「すみません、誘われてしまったもので」と言いだした。嫌ではない、のだが哀と一緒に居られるとこっちがハラハラしてしまう。食べたシチューはあんまり味がしなかった。