キッドと

「快斗くん、ハイコレ」 「? 何だ、これ」 「僕の下駄箱に入ってた君宛てのファンレターだよ。今どき下を向いて下駄箱に突っ込む子がまだいるんだねえ」  そうやって笑った彼の瞳は笑っておらず、どちらかと言うと何でこんな面倒起こしてやがるという顔だった。  はは、わりーわりーと口では言いながら内心冷や汗を流す。目の前にいる男は何を考えているか分からない節があって苦手だった。虎徹原兄弟は素直に、笑わないということで有名だった。  長兄はもう高校に行ったが彼がまだいた時は本当に学校の空気が重かった。次兄の彼は煩わしく思っていた長兄がいなくなって少しだけ笑うようになったが作り物のような笑みで正直怖い。もう1人下にいるらしいが、彼もまた笑わないことで有名らしい。江古田名物、笑わない3兄弟だなんて全く笑えない冗談だ。そんな彼らと唯一そばに居て笑っているのが金定兄弟だ。金定和泉と金定歌仙は実際には兄弟ではなく従兄弟らしいのだがこの際あだ名なのだからどうでもいい。とにかく、黒羽快斗は虎徹原が苦手で、近寄りたくない存在だった。  おかしな話だと笑ってほしいが、虎徹原とはこのように近寄りあわない存在だったはずなのだ。中学までは。  高校に入ってから、虎徹原たちが笑うようになったのはなんとも不思議な話だが事実そうなのだから仕方ない。彼らは、素直に笑うようになった。誰の前でも素直に答え、話し、笑う。  人間らしいその姿に快斗と仲のよかった女の子たちは虎徹原になびき始めた。ミーハーな子たち、なのは分かっていたがこんなにも簡単に移るものだろうか? ムッスリとした顔を隠さないまま虎徹原蓮(こてつばら はちす)を見ていたら青子に頭を叩かれた。 「ってえなあ」 「快斗ってば何、ハチくん睨んでるのよ。もしかして僻んでんの?」 「……してねえよ」 「諦めなさいよ、ハチくんには勝てないわよ。モデルみたいなイケメンっぷりに誰にでも優しくなったし、前の取っ付きにくさがミステリアスだって話題になったんだから」 「はっ、笑わないなんて誰が嘘ついたんだか」 「そうやってすぐ馬鹿にして! ハチくんと快斗の違いはそこね! 人を悪く言わないし、褒めてくれるし、すごく謙虚なんだから!」  誰だよその聖人は。じっと虎徹原を見ていたら笑い返された。ぞわっと身の毛がよだつ。どんなマジックをしても笑わなかったあいつが爽やかになるだなんて、この世はいつの間に天変地異を起こしたのだろうか。  刀剣男士たちが世祖と会う前はやらかしてる、ってのはよくある話だ。審神者と刀剣男士は似るって前に聞いたことがあるが、世祖が俺と会う前にやらかした数々を見るとあながち間違ってないのかも知れない。  そのいい例が虎徹たちなのだが、ぶっちゃけ蜂須賀は昔と変わらない。李徴のあだ名をもらった時は表情すら見えなかったんだからそれよりマシじゃね?と笑うとそうもいかないから困ってるんだよと叱られた。歌仙のババア力は相変わらずらしい。おばあちゃんめっ! 「快斗くんとかさ、紅子ちゃんとかさ、探くんとかさ、面倒な人ばっかりで癒しは青子ちゃんやその他の大勢の人達だけなんだよ」 「いや、それだいぶ癒しおおいよな?」 「癒し力は低いのさ。世祖のほっぺたには適わないよ」  ぶにぶにとつつかれる世祖はきゃあーと俺の洋服に頭を突っ込んできた。家じゃなかったらぶん殴るところだ。あーあ、と浦島は世祖を追いかけることを諦めて俺のほっぺたを触ってきた。やめろ、俺の何かが減らされてる気がする。主にパーソナルスペースとかが。 「#名前2#さんまじほっぺた、やわらかっ! パネェ!」 「浦島、あんまりやりすぎるなよー。#名前2#、最近ヒゲソリで切ったからな」 「だから言ったじゃないか#名前2#さん、ヒゲソリする時はシェービングクリームを十分に泡立ててからだって」 「あー、そんなこと言われたかも」  長曽祢の背中に重みを預けて腹に世祖を乗せたら昼に食べたラーメンがリバースされそうになった。慌てて横に下ろして、ふぅと一息ついたら浦島が反対側から俺の腹に頭を乗せてきた。 「やーめーろーよー」 「#名前2#さんの腹、ぐるぐるしてる! 消化!」 「はいはい、消化ねー。蜂須賀、茶ぁ取って」 「はいよ」  全く雅じゃない、と歌仙は怒っているが本丸にいたら大体みんなそんなもんだ。世祖を股の間に動かして空いた片手を歌仙に向けた。 「来るか?」  歌仙は少しだけためらってから近寄ってきた。雅なばあちゃんだなあ、と笑うとアゴをアッパーされた。痛い。 「おや、俺にはないのかい?」 「おーう、蜂須賀も来いや」  じゃあ遠慮なく、と蜂須賀が浦島の側からどーん、と首に絡みついてきた。うぁーぉ、みたいな間抜けな声がして長曽祢のマリパが終わる音がした。 「くそ、あと少しだったのに!」 「どんまーい」  とりあえずぐだろうぜ、という誘いを断るやつはここにいなかった。  怪盗キッドに関しては#名前2#はほとんど知らないのだが、縁は繋がっているというか、実を言うと世祖の方が知り合いだ。  #名前2#は気づかなかったのだが、世祖はすぐにその正体に気づいてしまった。まだ世祖が組織に入っていたころ、御手杵とやってきたマジックショーで黒羽盗一の華やかなマジックを見た。感動する、というのはああ言うのを言うのだろうなと思う。  心が鷲掴みされてそのままぐわんぐわんと揺らされた。何も出来ない人間がこんな事をするなんて。力を持つ世祖からすれば不思議な光景だった。 「おめぇもマジックすきなのか?」 「……だれー?」 「おれ、くろばかいと! よろしくな」  少年から突然ポンと音がする。ほいよ、と花びらがくしゃっとなったバラをくれた。  花をあげるのは誰かに好意がある時だ。世祖もやったことがあるから覚えてる。 「ありあとー」 「へへっ、どういたしまして!」  世祖はまだ小さかったので彼とはあまり年齢差がないように見えた。本当は1歳年下の彼に世祖はぎゅっとその体を抱きしめた。真っ赤になった快斗をスルーして「えへへ」と笑う。  黒羽快斗にとって指貫世祖はもしかしたらそのまま初恋の女性と残ることになったかもしれないが、そこは御手杵が許さなかった。黒羽快斗から世祖を抱き上げて「あれ沖野さんにダメって言われてる人だった」と告げたのだ。  世祖はあちゃあという顔をして黒羽快斗に手を差し出した。快斗が疑問に思いながらもその手を掴もうとするとパチンと音が聞こえた。何かのマジック?と思った時には既に御手杵も世祖もいなくなっていた。というより、彼らのことが視界に唐突に入らなくなった。 「……あれぇ?」 「快斗ー? …あぁ、ここに居たのか。ダメだろう、急にいなくなっては」 「ん、ごめん」  でもさっきまで誰かと話したんだ、ホントだよ。バラが無くなってるし。  息子の拙い説明に黒羽盗一は誰かに魔法でもかけられたのかい?と笑って抱き上げる。ふ、と視界がブレた気がしたが父親にしがみついていたらそれも消えた。 「今日のマジックショーは楽しかったかい?」 「うん!! もちろんだよ!」  仲睦まじく会話する黒羽親子を見ながら世祖はふぇ、と泣き出しそうになった。今日は#名前2#は大事な用があるのは分かっているのだがどうしても寂しくなったのだ。 「世祖、泣かないでくれー」 「う゛ゔぁ」 「だめだこりゃ。#名前2#さんを大人しく呼ぼ」  諦めの早い御手杵は世祖に肩を噛みつかれながら電話をかけた。すぐに電話に出てくれた相手に今の現状を伝える。そこに黒羽快斗について言わなかったのは、相手に余計な気を回させないためだ。 「うん、じゃあ迎えよろしく。ああ、分かってる。あーい」  電話を切って世祖をもう1度抱き直した。先程は黒羽快斗が催眠を自力で解くかと思ってビビったが大丈夫だったようだ。未だにしがみつく世祖に御手杵は痛いなあと他人事のように考えていた。 「黒羽快斗、か」  ませたガキだったなあ、と笑った御手杵にはまさか蜂須賀虎徹が彼の同級生となることは予想がつかなかっただろう。この話が思い出されてひどい騒ぎになるのは別の話である。