緋色の奪還

 昴さんの恰好でテレビをつける。念のための変装用のマスクをつけてソファーに座った。変に思われないようにティーカップ類はしまってテーブルの上にはリモコンを置いているのみだ。窓の外から視線を感じる。なんだろう、スナイパーでもいるんだろうか。 「こんばんわ、宅急便でーす」  呼ばれてないけどジャジャジャジャーン公安宅急便でーすと言うのか、その声色で可憐な乙女に呼ばれたうんちゃらかんちゃらとタキシード着て仮面つけて登場とかするのか楽しみに待っていたら普通に私服だった。……期待を斜め下に裏切られた。 「? 宅配物が何かあるのでしょうか」 「いえ、そういう訳ではないのです。少し、話をさせていただきたいのですがよろしいでしょうか?」  ダメでー、 『#名前2#さん、入れてあげて』 「はあ……では、どうぞ。ただ、外にいる方々はちょっと……。食器の数が全く足りないので」 「大丈夫ですよ、彼らはああやって待つのが好きてすから。まあ、場合によって全員お邪魔するのも有り得ますが」  そんな雑な説明初めて聞いたわ。とりあえず安室さんだけ中に入れてスリッパを出すと普通にありがとうございますと言う。この人、普通にお礼が言えるんだ…とマスクの中で呟いた。 『#名前2#、真面目にやって』 『すんません』  この機能、マスク型変声スピーカーについてるわけではなく世祖が脳に向かって直接話しかけてる感じだ。(ファミチキください)(こいつ、直接脳に…)ってやつだな。コナンには訝しがらないように適当な機械をそれっぽく渡しておいているが。  リビングに招きソファーに座らせると、ニヤニヤとお前はもう袋のネズミだぜ的な笑顔を浮かべていた。見覚えのあるその顔は安定がゴキブリ倒す時の顔と同じだった。紅茶を入れて持ってくるとテレビの真ん前に座っていらした。座られてるのが下座だから仕方ないけど俺はテレビ見れねえのか。つらい。やっぱり世祖にワンセグで見るように言っておいてよかった。後でマカデミー賞の結果を教えてもらおう。 「ミステリーはお好きですか?」 「………まあ」  嘘だ。本当は俺は好きではない。沖矢昴が好きなだけだ、設定上。いや、赤井さんは知らないんだけど。 「ではまずその話から。まあ、単純な死体入れ替えトリックですけどね」 「定番ってやつですね」  そして赤井さんがやったやつですね、もうバレたのか。早いな。安室さんはそのままぺらぺらと自分の推理を話してくれた。楠田陸道の指紋がついた携帯をあえて赤井さんの携帯と偽り、自殺したように見せかけたのだ、と。  爆発されたからって死体に銃痕が見えなくなるのかとかの医療知識はないので知らないがとにかく組織に死んだと判断させ、警察にも死んでいると分かってもらえたのならばそれでいいのだろう。(楠田陸道は横から頭を撃って、赤井さんは前から撃たれたけど死亡診断をした警察の方では殺されたような人がいるってことしか分からないから仕方ない。)  滔々と話をし終えてどうですか?とドヤ顔するこの人は公安警察というよりただの探偵だった。コナンに似てるな。褒めてもいいんだぜっていう顔をしている。 「なるほど、なかなか興味深いミステリーですが………撃たれたフリをした男はどうやって立ち去ったのですか?」 「それに答える前に、テレビを消してくれませんか? 大事な話をしているんですから」 「…………。それは失礼しました」  さよなら俺のマリッサちゃん。あなたのこの映画での男を一途に思う演技やセクシー系を売りにしていた若い頃の演技も大好きでした。黒人でふくよかな体でおっばいは大きい貴女が諸タイプでした……。主演女優賞おめでとうございます。  テレビを主電源から消してまたソファーに着くと途端に静かになった。だが、まあスピーカーでしゃべる訳でもないし、この静けさでも平気だろう。 『#名前2#さん……』 『すまんすまん』 『テレビそうホイホイ消さないでよ!? スピーカーバレちゃうじゃん!!?』 『お前の言葉を復唱するから平気だろ』 「それで、その男はどうやって?」 「……男を撃った女とグルだったようなので、その女の車に乗ったのでしょう。離れた場所でそれを見ていた監視役の目を盗んでね」 「監視役」  なんかプールの監視員みたいだがそういった可愛らしいものではない。おそらくジンのことだろう。赤井さんのこと付け狙ってたみたいだし。 「監視役はまんまと騙されたのですよ。男は頭から血を噴いて倒れたのですから」 「頭から血を……」 「だがそれもフェイクでした。撃たれた男はいつも黒いニット帽を被っていましたから。この近所にはMI6も顔負けの発明品を作っている博士がいるそうじゃないですか。彼に頼めば血糊の出るそれらも作れそうだ」  誰だ、それ。え、あのコナンから聞いた話だといつも使えない発明品ばっかりとか少年探偵団たちのために面白いものを作るとか、えっと………MI6…? はぁー、すごいですね、阿笠博士ってば。 「なかなかやるじゃないですか、その男。先ほどの言葉を借りるならば007のようだ」 「だがこの計画を企てたのは別の人物。その証拠に男は撃たれた瞬間にこう呟いています。まさかここまでとはな、ってね」  ダブルオーセブンは無視されてしまった。一応ボケだったのだが。さよなら、俺の一推しだったコネリーボンドよ。安室さんに無視されたから最近のダニクレボンドを今度はネタにー。 『#名前2#さん、ふざけすぎ』 『怒られた。分かった、もっと真面目を装う』 「まさか、ここまでとはな、ですか。不運を嘆き、早死するようなセリフに思われますが」 「その言葉に、この一言をつけたらどうでしょう? まさか、ここまで"読んでいた"とはな。なら……。そう、これはこの計画を企てた少年を賞賛する言葉だったのです」 「なるほど、面白い……」  そろそろ俺は沖矢昴を演じるのを疲れてきた……。まあ、あんまり演じてもいないんだが。この変装は自分の顔の造形などを全て崩して作り変えているものだ。なので、いつもの自分との距離感でもなく触感も異なっている。ボロを出す前に何とかしたいところだ。 「そこから先は簡単でした。少年の周りに現れた不審人物を探せばいい。ここの家主と少年との繋がりは分かりませんが、あなたが少年のお陰でここにいるのは確かなようだ」 「……」 「今、私の連れが貴方の仲間を追跡中……。連絡を待っています。ですが、………連絡が来る前にぜひお願いしたいのですがね。そのマスクを取っていただけませんか、沖矢昴さん。いや、FBI捜査官赤井秀一……!」  すいませんね、沖矢昴に化けた#名前1##名前2#で。  どうしようか待っていたらコナンの声が聞こえてきた。よし、そのまま語ろう。中二くさいというかポエミーというか何か、うん、俺っぽくないけど我慢だ。 「君がそれを望むなら、仕方ない」 「それは有難い」  すごくこのドヤ顔がコントのフラグように見えるからやめて頂きたい。それ、絶対顔が歪むやつだから。マスク(スピーカー)を取った俺に安室さんの顔が歪むまでもうすぐだった。  「何!? 赤井が拳銃を発砲!?」  ほれみたことか。電話で叫びながら顔を歪ませる。何度歪めば気が済むのか。いや、まあコナンたちが上手によくやってるというのだが。  ふーむ、いつか安室さんにこうやって自分の正体がバレてしまったらどうしようかな。ぶっ殺されそう。 『#名前2#、』 『おう、どした』 『脚本、くどーゆーさく』 『くっそぉ……。マイハウスの人はダメだったか……。原作も映画も評判高かったけど、マジもんのFBIには勝てなかったか………!』  あの映画結構好きだったんだけどなあ。そっかあ、緋色の捜査官が賞をとったのか……。まあ、マイハウスがノミネートされて良かったと思おう。 「あ、すみません。何か勘違いだったようで、帰りますね」 「ええ……」 「…帰る前に1つ聞いていいですか? どうして僕のような怪しい人間を家に入れたりしたんです? 普通入れないでしょう?」  さっきは俺(沖矢昴)のことを不審人物扱いして、今度は自分を怪しい人間扱いとは。どっちが上なんだか分からん。あと、命令されたからっては言えないしな。 「お喋りな配達人さんだな、と」 「はぁ、そうですか……」  惚けたような顔をしているが、その、設定雑だって俺は伝えてるんだからな。撤収するのにもいつものマツダの車を使っている安室さんを見送って、機械がないかを調べる。うん、ないな。  カメラから隠れるように部屋に入った。さっき顔を変えた部屋と同じところだ。勿論カメラなどがないか確認してある。ぐにゃりと顔が歪んだらいつもの俺に早変わり、ってね。 「世祖ー? コナンー?」 「こっちー」  ぴょーんと階段から飛び降りてきた世祖をキャッチして、階段を上って部屋に入るとコナンがモニターの前でぐったりと倒れていた。 「コナン二等兵! 平気か!? 比留間にやられたのか!?」 「なんでミャンマー……」 「なんとなく。平気か、工藤」 「おうー……。って、工藤って!」 「別に今はお前しかいないから平気だろ。聞いてる奴らはいねーよ」 「……あっそ」 「んだよ、照れてんのか?」 「照れてねーっす!!」 「へえー。あ、そうだ。これ返すわ。マスクスピーカー」 「はいはい」  世祖は#名前2#の背中に飛び乗ってこしょこしょとマカデミー賞の結果を呟く。うん、うん、と#名前2#は頷きながらコナンと話していた。コナンからして見れば聖徳太子のように話したいことをきちんと聞き分けていて、まるで人ではないような……。いや、言うのはやめよう。世祖に睨まれた。 「赤井さんいつ帰るって?」 「明後日くらいかな」 「俺、帰るのめんどいしここ泊めてってもらっていい?」 「別にいいけど……。世祖はいいのか?」 「寝るところなんか関係ないって。スカート嫌いでもフリルスカートみたいな天蓋ベッドでだって寝られるんだから」  ゲストルームひとつ借りるなー、と#名前2#が世祖を背中に支えて出ていく。渡された機械はまだ持ってるがこれが何か使えているのかよく分からない。まさか#名前2#さんはーー? そこまで考えてふるふると首を振った。憧れの先輩に変なイメージは持ちたくない。  また沖矢さんとこに連れてこられたのだが、今度はコナンと有希子さんとキャメルさんとジョディさんがいた。 「あんじ!」 「世祖ちゃん!」  正直俺も抱きつきに行きたいほどにキャメルさんっておおらかなのだが、皆いるから遠慮しておこう。というか、俺を呼んだタイミングが悪すぎる。何で有希子さんが帰るタイミングになってんの?? 「じゃあね、#名前2#くん。世祖ちゃん。また会いましょ」 「うぃっす」 「あい」  ペコペコして見送ってキャメルさんたちに向き直ると、「#名前2#くんの差し金って本当?」と聞かれた。何の話だかさっぱり分からなかった。 「#名前2#くんがコーティングとか用意したんでしょう?」 「………」  何でまたコナンの仕事が俺に擦り付けられてるんだか。面倒くささを我慢して「はは、いいサプライズでしょ?」と笑うと怒られた。何で俺が謝るハメに。 「ベルツリー急行で煙幕越しに会ったのだが、まさか本当に仲間を連れて来るとはな。俺に対する奴の恨みは思った以上に根深いようだ」  さすがにアレはって感じだ。スコッチに俺の情がひどく傾いていたら俺も恨んでただろうが割とそこら辺は組織の中では仕方ないことだと割り切れる。…………キュラソーは、今、どうしてっかなあ。最近、手紙寄越さないけど。 「まあ、#名前2#くんたちのお陰でこちらの真意を伝えて、場所はうまく誤魔化せたようだが」 「その恨みって、シュウが電話で言ってた……」  ピンポーン、とタイミングよくチャイムが鳴った。沖矢さんは俺のことを見ていたが無視してキャメルさんに抱きついたままの世祖を受け取って床に落とすとカエルのように着地して扉にコナンと駆け寄った。 「あー、コナンくん! 世祖ちゃん!」 「なんでお前らここにいるんだよ……」 「昴さんに謎解きしてもらいに!」  きゃらきゃらと笑いながら家の中に入った少年探偵団たちに#名前2#もついていった。カレー食べようぜ!と言ってる彼らだが、キッチンには踏み台がない。#名前2#がやった方が合理的だ。 「……シュウって料理できたっけ?」 「#名前2#くんが教えてくれたんだ。自炊した方が安上がりだとな。それにいい気分転換にもなる」 「ていうか、赤井さん。大変っすね」 「そうか?」  会話を耳にしていた世祖はふん、と鼻息をもらした。こうやってFBIが揃うのは久しぶりだが、また#名前2#に迷惑がかかりそうな予感がする。そこまで確定した未来は見えないが、何かしらのアクションはあるだろう。 「世祖? カレー食べるか?」  ……#名前2#はもっと危機感を持って然るべきだ。あとカレーは受け取る。みんなの分をよそった後でスマホに着信が入った。ぴっと電話をとってディスプレイを見てみると、珍しいことに沖野さんからだった。何だこのタイミングの悪さは。二度目だぞ、今日だけで。  カレーを食べ終えて元太たちの持ってきた謎をふんふんと聞く世祖に呼びかけるとなぜかみんなに見られた。いや、元太、お前は話し続けてていいんだぞ。 「食器片付けてきな。すいません、皆さん。呼び出しがあったので行ってきます」 「だー?」 「キノだよ。ほら、行くぞ」  食器どうします?と聞けば水につけておけばいいというので水に浸して重曹をまぶして、ちょっとだけ挨拶をする。バタバタと走るOLか、俺は。世祖を連れて家を出て、やっぱりバタバタ走る。何丁目か過ぎて、電話に出ると「遅いですよ」と声をかけられた。 「………宗三かよ、よかったあー。沖野さんだったら殺されるところだったわ」 「殺される予定はあったのかい」 「…………沖野さん、ずりぃなあ」 「君が力を使ったからね。ああ、これはただの声真似だから」  声真似でどうしてそんなに似るのか分からない。沖野さんは黙った俺を無視して話を続けた。 「組織で大物が動き出しそうだからね。連絡さ」 「え、ボスだったら俺、メキシコとかに渡りますけど」 「もぉ、ダーリンお仕置きだっちゃ!」 「うわ、似てる」  ラムが動き出すらしい。だっちゃだっちゃと言いたい。というか……… 「キュラソーは? どうしてます?」 「さあね。そこら辺はニッカリ青江に任せてるだろう」 「っすよね」  電話を切って世祖を見やると、その電波から話の内容は聞いていたらしい。頑張れ、と目がいっていた(ように見えた)。 「頑張るっきゃねえよなあ」  そんなに頑張らなくていいよ、と世祖は告げていたのにどこでどう間違えているのか。#名前2#は張り切って背筋を伸ばした。  安室さんの所へ行くと、じっと見られてそして「君は、」と言う。 「君は、敵ですか? 悪い人間の」 「…………さあ?」 「さあって」 「俺は根無し草と同じですよ。誰かに言われるから敵対して、言われるから味方になるんすよ。コントローラーは俺は持ってないっす」  にへらっと笑ってハムサンドをお願いするとどうしようかな、なんて笑われた。 「君が仲間であると言うならばお出ししますよ」 「なにそれ、ひっでえ」 「どうします?」  まるで恋愛の駆け引きみたいな会話に俺は嫌になった。こういう会話は苦手だ。 「はいはい、味方になりますよー」 「その言葉、忘れないでくださいね?」  唐突にガチトーンになってカウンターの中に引っ込んだ安室さん。やだね、こうゆう、誘導ってさ。