羽田名人と

「#名前2#さん、これからどこ行くんだよ?」 「香車はきょうしゃ、以外になんて呼ばれる?」 「はぁ?」 「きょうす、とかヤリ、だね」 「図形の垂直っぽいマークを無視して七であって三であって槍とで思い浮かぶのは?」 「ぇ、ぁ、ああ!」 「ということで、幽霊坂に到着でーす」  幽霊坂は墓地が周りにあるさびれた坂という理由で名前がつけられた。行きたいのはその途中にある福島正則のお墓である。あの垂直っぽいマークは墓地の地図記号だったのだ。 「#名前2#さーん。そろそろ暗号の答えを教えてくださいよー!」 「あー、……」 羽田名人へやり返すために、というのもまた可哀想な話だ。#名前2#は仕方ないか、と話し始める。羽田秀吉より年齢は下であるが、この世界に生まれ落ちる前は彼よりも年上だったのだしずっと怒ったままなのも疲れる。 「槍で七といえば、賤ヶ岳の七本槍と謳われた加藤清正、福島正則、加藤嘉明、脇坂安治、平野長泰、糟谷武則、片桐且元の7人。 逆に槍で三といえば天下三名槍の御手杵、日本号、蜻蛉切。それであの被さったところが黒く塗られてたのは三名槍を持った七本槍ってこと。つまり、黒は日本号を受け取った福島正則になる」 「おお、その逸話なら知っとるわい! 確か酒の席で黒田官兵衛の家臣の母里太兵衛と賭けをして呑みとられたんじゃったな!」 阿笠博士の話を聞いて#名前2#と世祖は苦笑いになった。 「まあ、本人は黒田で楽しんでたらしいすけどね」と小さく呟いて坂道を歩き続ける。 その後ろ姿を羽田はずっとにらんでいた。  坂道の頂上、少し入ったところに墓がある。実をいえば刀剣男士を現世に連れていった際には日本号と共に色んな県へ墓参りをした。長野や京都、広島なんかにもある。東京のこれは供養塔だ。 「この隣のって息子の正利の墓だよね?」 「そうそう」 「#名前2#にいちゃん、墓の裏に何かあるぞ!」 「将棋盤ですね!」  元太が重そうなそれをよっこらせと運んできた。かけ声がジジ臭いなあと笑えば父ちゃんのがうつったんだよ!と返された。 「駒が将棋盤に接着剤で貼り付けられてるわね」  角の上に飛車が重なり釘で打たれている。銀の上にも金が重なっている。もう一枚角があり、斜め横には歩が置いてある。香車、桂馬、王将は自陣に貼り付けられていた。 「多分、この釘が示す場所に来いってことだな……」 「羽田名人、こんな布陣ってある?」 「記憶にないけど……」 「#名前2#。もじ」 「んー?」  世祖に指さされた所を見てみると飛車の下にある角に「見栄っ張り」と書かれていた。歩美も文字を見つけて#名前2#の腕を引っ張った。ほら見て!と金の駒を指さす。なまけ者と書かれている。何となく分かったような分からないような。将棋に関しての知識が必要な気がする。 「……なあ、名人サマ」 「なんだい」 「角ってさ、将棋盤の中ではどんなふうに進めるんすか?」 「斜めの方向。チェスで言うところのビショップの立ち位置だ」 「あー、なるほど」  何となく分かった気がする。つまりこの二つがくっついた駒というのは統合したことを示してるのだろう。世祖も気づいたのか頭文字をがりがりと書き込んでプラスになったりいなくなったりを繰り返して七つの文字をつくった。 「コナン。みて」  お膳立ては整った。でも俺達がわかるのは駒の意味だけで釘の示すそれが具体的な場所は分からない。コナンと羽田名人の顔がみるみる変わっていく。 「博士、急いで車に戻ろう!」 「なんじゃ、場所が分かったのか!!?」 「由美さんがいるのは杯戸町だ!!」  少年探偵団たちが出かけている横で世祖と#名前2#は全く動く気配がなかった。羽田名人が立ち止まり後ろを振り返る。 「何止まってるんですか! 早く行きますよ!!」 「俺はちょっと用事があるんすよ」 「はあ!?」 「あんたは行かなきゃならんでしょう」  俺はちょっとだけ別の用事っす。そう言って#名前2#はスマホの画面を見せた。電話が鳴っている。相手は左文字雪と書かれていた。 「………」 「行ってください」  友人がなぜこんな時に#名前2#に電話をよこしているのか。なぜ#名前2#はこの謎解きに参加したのか分からない。ただ、これまでの謎解きが羽田の友人によるものだと言われれば理解できた。 「…ありがとうと、伝えてください」 「うぃっす」  羽田名人の背中を見送り電話に出ると「#名前2#」と呼びかける声がした。 「やっほー、世祖」 「ありがとな、偽装してくれて」 「あいあい」  世祖の電話帳の名前を左文字雪に先ほどしておいた。メッセージを送れば世祖はスマホを見ずとも内容は分かってくれる。ポケットの中で俺に向けて電話をかけてくれたのだ。江雪左文字などという名前を見せたらまた面倒なことになると分かっていたのであえてこんな風にしたのだ。 「っはー。マジやばかった、今のは」 「本当に」  今回ばかりはボロが出てもおかしくなかった。何とか将棋の話で誤魔化せたが……。今後は危ないだろう。 「世祖、帰るか」 「うん」  家に帰ると今度は本物の江雪左文字から連絡がきた。私の名前を使ったでしょう、と恨み節から始まったそれに#名前2#はけらけらと笑う。 「いいじゃねえか、別に」 「よくありません……」 「とにかく、羽田名人のことは任せたからな。俺はあの人に嫌われてるから」  そう言ったあとにすぐに電話を切った#名前2#は知らなかったことだが、江雪はゆっくりとした口調で続きを言っていた。 「秀吉は貴方のことを嫌いではないようですよ」