紺青の拳
「毛利さん!」 「んえ?」 「毛利さん、ですよね! 私はリシ・ラマナサン。予備警察をやっています」 「予備警察?」 「こっちでいう探偵みたいなものかと。警察に認められてる分立場はしっかりしてますけど」 「なるほどなあ。お前、物知りだな」 「来る前に一通りの予習を」 「犯罪心理学の専攻をしていたので……。父の母国である日本でかの有名な毛利小五郎さんが来ると聞いて待っていたんです。観光客はほとんどこのマーライオンを見に来ますからね」 「ほへー……っていやいや! 今日の旅行はプライベートなんだ!」 「あーいやでも、毛利探偵。話だけでも聞いてみましょうよ」 「ああ? お前がそんなこと言いだすなんて珍しいな」 「……沖野さん関係、としか」 「わぁった。話は聞いてやる」 リシが話し始めたことは空手大会の主催者であるジョンハンの元にキッドからの宝石を盗むという予告状が届いたという話だった。宝石は今リシの師匠筋にあたるレオンの家にあるらしい。レオン・ローの弟子というには彼は冷静だった。警備会社の社長というものは自分の家に金庫なんて作るものだろうか。よくわからないが。キッドの顔を見ると微妙な顔をしている。自分で出したものではなさそうだった。 「毛利探偵、手伝いましょうよ。変に大会に邪魔が入るとこっちも面倒ですし」 「大会? あなたも大会に出るんですか?」 「まあ、ちょっとした理由から」 「それじゃあ連れていってくれるか、そのレオンってやつのところに」 「はい!」 人数が多いためにタクシーを二台使い郊外に出た。レオンの家は流石社長と呼ぶべきか豪邸と呼ぶにふさわしいものだった。中に入ってみると広いホールになっていて豪奢な階段真ん中にある。横には甲冑の騎士のオブジェが鎮座していた。 「#名前2#、せい、みたい」 「はいはい」 世祖を抱っこして甲冑の騎士に近づける。小五郎も近づいてきて三人で槍兵を見ていたら持っていた槍が落ちてきてしまった。鋭い切っ先と重みのあるそれが向かってくる。危ない、と#名前2#や世祖が小五郎の前に出る前に大きな手がそれを支えていた。 「大丈夫ですか」 「あ、ああ……。すまねえ、助かったよ」 片手。片手であの槍を持っている。#名前2#はつかつかと数珠丸に近づいて「何あれ無理じゃん無理じゃん…!!」と小声でかつはっきり主張するように叫んだ。 「あれくらい#名前2#もできるでしょう」 「お前らの中の俺って何……。つらい、無理だ……」 こちらでお待ちください、と通された部屋はあまりにも広かった。すごいな、と素直な言葉で言ったが数珠丸と世祖にはお気に召さなかったらしい。「金持ちの道楽と同じですよ」と笑顔で怖いことを言う。 「皆さん、お待たせしました。私がレオン・ローです。こっちは私のボディガード兼警備主任のジャマルッディンです。彼も同席させていただきたいのですがね」 華々しい登場である。小五郎さんが挨拶をするとえっと驚いた顔をしてから握手はやんわりと拒否していた。ジャマルッディンの方は出場すると決まった京極に挨拶してから#名前2#に目を向けた。 「君も出場するんだったな」 「あ、はい」 レオンとリシは流暢に日本語を話すので忘れていたがこちらはシンガポール英語の方で話すべきだった。といっても、#名前2#はシンガポール英語もアメリカ英語も違いがよく分かっていない。yes、とたどたどしく答えた。 「……」 弱そう、と思われたようだ。握手もなく彼はレオンの後ろに戻って行った。 「あいつ、あれだよな。ポスターに出てる人」 「はい、そのようですね」 「あいつのライバルは京極だけらしいから、頑張れー」 「何言ってるんですか、#名前2#さんもですよ」 「なにが?」 「トレーニングです。今誘われました」 「あっそうなの……」 ため息をついた#名前2#に突然レオンが言葉をなげかけた。 「それで、そちらは見覚えがあるんだが名前は……」 「#名前1##名前2#ですけど……え、見覚え?」 「ああ。……うん、どこだったかな。名前を聞いても分からないから写真か何かかな」 「あの、ちょっと、困ります!」 女性の声が聞こえる。そしてドカドカと歩く音。扉が開いてそれこそ金持ちの道楽を大会にまでしたジョンハン・チェンだった。英語でレオンにまくしたてたと思ったら小五郎に「ファンデス! フォトプリーズ?」と聞いている。写真に映らないようそっとズレて世祖に近寄った。 「世祖、今日は俺ここでトレーニングしろって言われたから先にホテルにーー」 「なら私も付き合いましょう。世祖もあなたと一緒の方がいいですし」 「うーーん、まあ後であのレオンって人に聞かないとだな」 「大丈夫ではないでしょうか、彼世祖のこと気に入ったみたいでしたよ」 「世祖を?」 「はい」 #名前2#たちの話もまとまった頃にレオンたちの話もまとまったらしい。金庫を見に行きましょうという彼はやっぱり自信満々で沖野さんの話が本当ならかなり面倒なことになるだろうなというのはすぐに分かった。 ネガティブな印象のまま着いて行ったのだがその金庫の前まで来ると#名前2#は「うーっわ!」とはしゃいだ声を出した。ごつい。かっこいい。動き方がかっこいい。鈴木財閥で見る金庫もすごいがこちらも世界最新鋭の技術を使っているだけあって中も大変素晴らしかった。子どものようにはしゃぐ#名前2#を見て自尊心がくすぐられたのかレオンはぺらぺらと金庫について話し出す。それにもいちいち#名前2#は反応するので数珠丸は天然のおだて上手……と心の中で呟いた。 ジャマルッディンがパネルを操作するとチャンピオンベルトの入ったケースが降りてきた。ベルトの中央部には大きなサファイアがくっついている。#名前2#も京極もこれがほしいという訳では無い。ただ、沖野さんから気をつけろと言われているだけだ。 「世祖、見れるか」 「うん!」 ぺとりとくっついてベルトを見つめている世祖は宝石と言うよりも金庫そのものに興味があるようで叩いたりじっと見つめたりしていた。 「このベルトは大会の期間中は展示しなければならないのです。なので、その期間が1番危ないということになるでしょうね」 「ああ、この金庫に入ってないからですか」 「はい。しかも、展示準備として前日から持っていかなければなりません」 「もし盗まれたとあったら君はワシに多額の賠償金を払うのだからね。気をつけ給えよ」 「我社にお任せ下さい」 英語でナチュラルに脅しをかけてきている。世祖はレオンの雰囲気がちり、と動いたのを感じたがすぐに#名前2#の方を見た。金庫から出て#名前2#は京極と一緒にトレーニングに誘われたこと、妹の病気の関係で数珠丸と世祖もここに居させていいかと聞くと彼は微笑み「ならば一緒に夕食でも」と言い出した。手を握られている。おわ、と#名前2#の困惑のつぶやき声と共にその体を引き剥がす者がいた。 「彼から三条に繋がろうとしても無駄ですよ」 「人聞きの悪いことを言わないでくれないか」 「おや、違いましたか」 「彼が三条の元に出入りしていたボディガードだったことは知った。けれども彼とは純粋に話がしたかったそれだけだよ」 「彼に手を出せば宗近は必ず貴方に報復を下しますよ、私怨だと罵られようとも」 堅苦しいイギリス英語の喋り方にレオンは諦めたようだ。デリでも頼めるかな、と世祖に話しかける#名前2#に「何言ってるんだ。ディナーは行くぞ、腹が減ってるんだろう」とレオンは歩き出してしまう。よく分からない御仁ですね、と数珠丸が言う。それはお前ら両方に言いたいよ、と言いたいところだったが空気を読むように#名前2#は言葉を飲み込んだ。 シンガポールでは外食が定番というのは聞いていたが屋台らしきお店にレオンとともに入るのは変な光景だと思った。鶏肉をぶつ切りにしたチキンライスを頼んだのだがこれがとても美味しい。茹でたものもローストしたものもそれぞれ味見したが出汁もきいていて家に帰ったら自分でも作ってみようと思う程だった。 「いい食べっぷりだ」 「いや、めっちゃ上手いですこれ。安いし」 「ふむ、だが普段の店ならもっと美味いのもを食べさせてやれるんだが」 「いやいや、高級レストランよりもこういうフードコートの方が楽しいですよ。住んでる人達がよく分かりますから」 #名前2#の言葉にレオンはため息をついた。彼なら私の理想を分かってくれるかと思ったのに。世祖が読み取ったのはこの言葉だけ。彼はすぐに世祖と視線を合わせて「どうかしたかい」と聞いてくる。世祖はコイツがイイヤツだとは思わない。無視して食事を続けるのだった。 レオンの邸に戻りトレーニングルームに入った。汗の匂いがつんと香っている。換気扇ぐらい回せよ、と思うが京極にはその言葉も届いてないようだった。 「それじゃあ数珠丸、お相手願おうか」 「私でよろしければいつでも」 刀剣男士たちの徒手空拳はそれぞれタイプが別れるが数珠丸という男の回避と忍耐強さは#名前2#も尊敬するほどだった。時たま世祖に型を確認してもらいながら体を覚醒させていく。 何十回目の鍛錬だろうか。二人ともバテ始めて汗で足が滑る。おらっ、と突きを繰り出そうとした瞬間銃声が聞こえてきた。ずるり、と体が倒れ込む。 「#名前2#さん、侵入者です! 怪盗キッドです!」 京極が報告に来たその瞬間、#名前2#は床に顔を打ち付けた。予想だにしないそれに#名前2#は久々に叫んだ。 「ったー!」 「#名前2#!」 世祖が駆け寄ってくる。京極も大丈夫ですか、と言いに来るがそれよりもキッドである。漫画じゃあるまいし、こんなセリフ言うことないと思っていたが#名前2#は思ったままに口にした。 「俺の事はいいから先にいけ!」 京極はぁ……と小さく呟きすみません!と走っていった。いいんですか、と数珠丸が問いかける。 「キッドの仕事を邪魔して」 「いざとなったら俺達がコナンもキッドも日本に返すよ。というか、ここで俺が京極引き止めてたら双方に角が立つだろ」 「ふむ。それもそうですね。ところでその顔は大丈夫ですか」 「すっっげー痛い」 擦りむいた傷を世祖がちょんちょん、とつつくのだ。痛い痛いと#名前2#が顔をのけぞらせるとそれと一緒に世祖も体重をかけてくる。終いには二人とも転けてしまった。 「っふ、あはは! あっははは!」 何だかそれが笑えてきてしまって京極が戻るまで#名前2#と数珠丸は笑い転げていた。