紺青の拳
麦茶に濡れないようすぐさまそのリーフレットを手に取った。 「空手の大会ね……」 それを見せた鳴狐はこくりと頷いた。園子と連絡を取っているという彼は京極の出場する大会のリーフレットをわざわざ持ってきてくれたのだった。 「これ、シンガポール開催か! で、このバックの宝石は何?」 「シンガポールの富豪、ジョンハン・チェンがやった」 「名前ぐらいは聞いたことあるけど……」 鳴狐は話すのが面倒になったのか隣に座る数珠丸を見た。心得たように彼が説明を引き継ぐ。 「その富豪が沈没船からこれを引き上げた荘です。海賊王の証と呼ばれたブルーサファイアを」 「海賊王ねぇ……。そっかあ、こっちではひとつなぎの財宝がこれってことね。それが空手と関係あるか?」 「ジョンハン・チェンが空手をお好きなようです。チャンピオンベルトに宝石を埋め込み賞品として大々的に報道したのです」 なるほど。彼はそこに出るというのか。宝石なんて興味なさそうだが園子にプレゼントしてやろうという気持ちはあるのかもしれない。世祖も興味がわいたのかリーフレットをじっと見ていた。 「てか、鳴狐が数珠丸と一緒に居るのって珍しいよな。どうしたんだ?」 彼等が本丸で特に仲がよかったということも、この世界でよく遊ぶということも聞いていない。少し礼を欠いた言葉かと思ったが二人とも気にしてないようだった。数珠丸は「私の話は関係していますがちゃんと関係しているかも微妙なんです」と写真を見せた。雑誌の切り抜きの写真らしい。実業家のレオン・ローだ。しかし、もう一人の女性は全く知らない。 「こちらはレオン・ロー。シンガポールで最近勢力を伸ばし始めた実業家です。こちらはシェリリン・タン。レオンの専属弁護士でしたがトラブルを起こし離れました」 「トラブル?」 「#名前2#、レオン、まる」 レオン・ローのスーツにかけた黒い丸サングラスを見て世祖は自分の目に丸をつくった手をあてた。映画と同じだ、と言いたいらしい。うん、それは俺も思った。 「先日のことです。私はシェリリンから依頼を受けていました」 「探偵でもないお前にか? 面倒なところに首を突っ込んだな、その人も」 「沖野さんを通じて、ですよ。彼、レオンのことですが彼は自分を殺そうとしている。自分を海外に逃がしてくれ、と。私はにっかり青江と共に仕事の準備をしていました。しかし、彼女はその依頼を成立させるまえに死にました」 突然の訃報に思わず飲んだ麦茶を吹き出しそうになった。無理やり飲み込んで数珠丸を見る。依頼人が死んだことに可哀想という考えも持たない辺りは子の男らしいと思った。数珠丸はかなりドライな性格をしている。救いを欲するものはそれなりの努力をしろ、と言う。簡単なことなので例えば趣味に走っていても愚痴ったりしてもいいのだ。やってはいけないラインを超えなければ彼は基本的に良しとする。そんな数珠丸でさえも顔を全く動かさないというのは珍しかった。 「彼女は、何かしていたのか」 「していました」 数珠丸は間髪入れずに答えた。 「でなければ、私達にすがることもありません」 それはそうだ、と#名前2#も納得して何も言わなかった。世祖は今もサングラスに目をとられてずっと見ている。頭をふと撫でてやるとこちらを振り向き「かぁいい」と笑った。 「うん、後で似たようなの探そうか。安物でもいいだろうし」 「シェリリン・タンのトラブルというものはこの宝石に関係することでして」 「うん?」 「もともとレオン・ローがこの宝石を随分と前から狙っていたようなのです。そのために日本の中富海運にも声をかけました」 「ああ、あのお騒がせ息子のいるところ」 「はい。その息子から接触したようです。あと一歩というところまでレオンは位置を確認していました。しかし、シェリリン・タンは途中から怖くなりました。彼女は金と命とを保障してもらえるようにジョンハンに情報をリークしレオンから宝石をかすめ取りました」 「かすめ取った、って……。命を保障してもらうのにジョンハンのところいったのに何で死ぬ羽目に……」 「それが彼女の天命だった、としか。彼女の行動は確かに良い面もありました。しかし彼女は逃げたはずが金に目がくらみまた悪に手を染めました。それを私は許すことは出来ません」 「……」 「私は人を裁くことはありません。人は救われるものだと信じております。しかし、彼女の話を聞いたときに彼女をこのまま逃がし笑っていいのかどうか」 「…うん、事情を詳しくは知らないけど数珠丸の気持ちは尊重する」 数珠丸は頷き、「ここからが本題なのですが」と言いだした。 「え? まだ本題じゃなかったのか」 「死んだ依頼人について話しただけですが」 「うん……うん、そうな。ごめん、俺が悪かった。続けてくれるか?」 「沖野さんから依頼が流れたことを聞き慰謝料などについて話していたのですが長谷部殿から妙な情報が流れてきまして私から鳴狐殿に連絡をとりました」 「うん…?」 「この空手大会でのポスターに出てきた彼ですが、名前をヘッズリ・ジャマルッディンと言います。彼はレオンの警備会社の警備主任をやっていらっしゃるのです」 「……なーんとなく分かった気がするんだが。つまり、レオンは船からはゲットできなかったけどこっちでは真っ当に狙ってきてるってことか」 「はい。それで、この大会には京極真も出場することがきまっていたのです」 「はぁ!? なんで!?」 「言ったでしょう、シェリリン・タンは悪に手を染めました。これはその一環です。レオンにはどうしても宝石を手に入れさせたくなかったのでしょう。彼女は自分をスポンサーに京極真を参加させました」 「あっ、なるほど」 「それで、沖野さんから依頼料の二倍を支払うから皆さんを連れてシンガポールへ行けと命令を」 「え、俺と世祖を? サクラ女王の時にパスポートは作ったけど鳴狐は今からで間に合うのか?」 「……#名前2#さんと世祖だけ、です」 「鳴狐、休みじゃないのか……?」 「行きたい、けど。一期に言われてる」 「粟田口で用事があるのかな、それなら仕方ないか」 それじゃあ海外へ行く準備をするから、と鳴狐は#名前2#の家を出た。スマホを取り出し言うか言うまいか迷っていたことを書き出した。コピペしてチャットで送ろうかとも思ったがやめた。数珠丸もいるしどうにかなるだろうと思っている。 以前、一期一振と京極真は戦ったことがあるのだ。刀剣男士が徒手空拳で戦っていることも考えると京極真は本当に人間なのか疑うほどに強かった。一期一振は結局負けてしまったがかなりギリギリの戦いだったのだ。 京極は珍しく戦いの後の礼をしたとたん倒れ込んだ。肩で息をする京極を鳴狐は久々に見た。 「お強い、ですね」 「それほどでも……! 現にこうやって負けたわけですし、ね」 「…。私はもっと強くなりたいのです。恋人を、守れるように。貴方は全力を出したようには見えませんでした。勿論、それを怒ることもありません。ただ、貴方は何のために戦っているのか、と」 一期は少し考えた後、ある方のために、と答えた。そして#名前1##名前2#という男と戦えば何か分かるかもしれませんと付け足したのだった。