緋色の弾丸

 リニアモーターカーが動くらしい。ジャパンブレットと呼ばれるそれはWSGが開催されることと関係して新しく開通した交通機関である。リニアには運転手が乗っていない。なんと、組み込まれたプログラムのもとで制御されうるらしい。  #名前2#はそういうことには詳しくないのだが、姫鶴一文字はもっている知識を披露したいのかテクストで文章と写真とが大量に送られてきていた。ある意味楽しそうだったので#名前2#は文句は言わずに黙って読み込みうなずいていた。画面の向こうに伝わるようにスタンプにして。  そんなニュースが流れているなかで、三日月から一緒にセレモニーに出ないか? とチャットが届いた。また鈴木財閥のようにスポンサーとして加わっているらしい。#名前2#は興味無いーと否定していた。のだが。世祖がテレビにかじりついて見ているので「行きたいのか?」と聞いてみる。世祖はむぎゅっと顔をしかめたあと「ぅう゛ん……」とうなずいた。珍しい表情だった。  どうしたんだ、と世祖を抱きかかえる。テレビから離れようとしない世祖をもう一度引っ張るが反応しない。せーいーそ、はなれーてー。はなれーるーよー。何回か言い聞かせるとようやく世祖は手を離した。ソファに座り直し、世祖と顔を向かい合わせにする。 「せいも、はやく、うごけるもんっっ……」 「お? おお、そうだな……」 「ぜいも゛っ、はやい、も゛んっ!」  泣き始める世祖をあやしながら「リニアのセレモニー、一緒に行くか?」と聞いてみる。頷かないかなあと思ったが世祖は泣きながらこくこくと頷く。世祖がなにを考えているのかよく分からなかったが早い方がいいか、と三日月に電話をかけた。ちょっとだけ考えて、スピーカーにする。三日月はいつもなら早くに電話に出るのだが、今日は少し時間がかかった。ぴ、と電話がとられたと思ったら「#名前2#!? 今、大丈夫か!?」と焦る様な声が聞こえてきた。 「え、おれは大丈夫だけど……。どうした、何かあったのか?」 「……いや、平気ならいいんだ。すまない、取り乱した」 「お前が取り乱すなんて珍しいなあ」 「気にしないでくれ、そういう日だっただけだ」 「そういう日ね……。あ、それで、世祖がいまリニアのセレモニーに行きたいらしくてさ」 「そこで泣いている獣か? ひどい声だな」  けものじゃないもん、とまた声が聞こえてきてふたりして笑った。そうは言ってもひどい泣きっ面だったのだ。 「ああ、世祖が久々に泣いてる」 「久々だな」 「ほんとに」  三日月は笑いながらOKを出してくれた。世祖に洒落た格好をさせるならお前もだぞ、という声を聞かされて。 「おれ、めんどくさいの嫌いなんだけど……。Tバックもほんと苦手」 「別に下着のラインなんて気にしなければいいだろう」 「お前の持ってくるやつ、みんな線を気にしなきゃいけないのわかる???」  くそぉ、と言いながらも無理を言っている自覚はあるので素直に言うことは従う。予定を決めて一緒に服をみにいくことになってしまった。これでもおれ、都内有数の大学のとこの学生なんだけど……と嘆くと「おれも大企業のトップにいるぞ」と笑われた。  セレモニーにはいつものメンバーが揃っている。だが今日はいくぶんかイメージをガラリと変えた髪型だったしメイクもしていたので向こうには気づかれなかった。#名前2#は世祖に挨拶しに行けば? と言ったが無視された。そういった情というものは世祖には期待するだけ無駄である。世祖は今はずっとモニターを見つめていた。 「そっとしておいたらどうだ?」 「そっとしておいて暴走されると困る」 「リニアに直接乗ってるわけじゃないんだ、難しいだろう?」 「いや……何があるのか分からないのが世祖だから……」  世祖から目を離そうとしない#名前2#を見て三日月ははぁ、と小さくため息をついた。今日のためにせっかく新しく作らせたスーツは無駄になってしまった。この男が見ないのならばどんなに金をかけてもちょっとだけ経済を動かしただけのことで自分の人生に関わることではない。つまらない、とグラスを爪ではじいた。キン、と鳴る音に世祖がひょこりと顔を動かす。 「世祖?」 「ん、んーんん」  世祖はなにか考えた素振りをしたあとむんずっと三日月のスーツの裾をわしづかんだ。そしてぐりぐりと自分の手のひらを押し当てる。まあ、本丸ではこんなことよくあることだったので……と冷静になってはいるがかなり不思議な光景ではあった。世祖ははたからすればそれなりに顔が整っている。刀剣としての美しさを具現化させた三日月にはさすがに劣るものの、美しさでいえば人間の中でも抜き出ている、と贔屓目なしにもそう思う。しかし、言動に関して言えば擁護できないほどのひどさである。世祖は一体自分をどうしたいのだろうか……と放置していたら#名前2#が慌てて世祖をひきはがした。 「世祖っ! はなして!」 「やーぁっ!」 「やだじゃない!」  世祖はむぐむぐとまごついていたがセレモニーが開始する音楽が鳴り始めるとすぐに止まった。何事も無かったかのように前を向く。その動きを見て、#名前2#と三日月はこの数分だけでなんだかどっと疲れが出たような気がした。  世祖を間に挟むようにして立ち、セレモニーの司会を見つめる。三日月はちらりと一人分離れた場所にある横顔を見た。#名前2#はやっぱりリニアモーターカーをかっこいいと思っているのか目が少しキラキラしていた。世祖があんな風に獣のように暴れたのは、#名前2#がリニアへの興味を持っていたからじゃないかと思えた。  ふと、口が動いた。 「チケット用意するか?」 「え、いらない。別に乗れなくてもいい」 「そうか」  痩せ我慢しているような素振りでもなかった。諦めているような、それが当たり前だと言うような。一緒に乗れるなら乗りたかった、という言葉は飲み込んだ。#名前2#はそういう男なのだ。  その後、謎の停電が起きたと思ったら鈴木社長が行方不明になるという事件が起きた。蘭たちの慌てる声が聞こえてきて、事件のことを知った。すぐに助けに行くか、と動こうとしたが世祖は三日月と#名前2#のことを手放さない。絶対に離さないという強い強い力がぐいぐいとふたりのスーツを引っ張るので何かしら問題が起こるのかもしれない、と#名前2#もそれ以上は動かなかった。世祖が止めるということは、それ以上のトラブルが起こる可能性の方が高いからだ。 「まあ、社長が死ぬってところまではないだろうけど」 「そうだな」 「……三日月、お前、自分が狙われるかもしれないってことは?」 「俺がお前を残して死ぬと思うか?」  やけに甘ったるい声で言われて#名前2#ははははと苦笑いをうかべた。流石にそんなふうに言われるのは居心地が悪かった。ここがいくら本丸のある世界じゃないと言っても、世祖と共にいる限りでは三日月のその気持ちに応えるつもりはなかったし三日月もそれは分かっているだろうと思っていた。 「まあ、今回の話は昔のWSGボストンでも似たようなことがあったな」 「そうなんだ?」 「出資している会社の社長がつかまっていた。今回のことで世祖が俺にマーキングのようなことをしていたのも、鈴木会長か俺かどちらが狙われるか分からなかったからだろう」 「……それ、俺、なんにも聞いてないんだけど」 「そうだな、言っていない」 「言ってくれる?」 「まあ、俺が言わなくても自分でなんとかできると思ったからな」 「……そう」 「前の事件にはまだアラン・マッケンジーが関わっていた時だからな、今回のことは彼への復讐か何かかもしれない。あの事件を思い出せ、という」 「犯人からのメッセージ……。って、ちょっと待て。アラン・マッケンジーって」 「WSGの会長だな」 「みーかーづーきーー??」 「はははは」 「笑って誤魔化すんじゃねえ……!」  三日月はずっと笑っていたが、俺はすぐさまスマホで調べることにした。ヒントはたくさん与えられた。俺が少し調べるだけでもニュースがたくさんヒットした。  と、ピロンとテクストの通知が送られてくる。 「今回の話のまとめを送ってやった」 「……いい性格してるな、これ世祖が作ったやつだろ」 「あたりだ。今回の話で予知夢か未来視をしたんじゃないか? お前が危険に巻き込まれると」 「そういう気の遣われ方は好きじゃねえんだけどなあ」  一般人向けの抽選はみごと奇跡を勝ち取った。世祖が何かしたのかもしれないと思うけれどそれは気にしないことにする。世祖は自分がリニアよりも速いと泣いていたことはすっかり忘れているのか楽しみにしていた。