ベイカー街の亡霊

 客車と機関車の連結部分を切り離さなければならない。世祖が屋根に登ってきてナイフを差し出した。蘭のロープを切れと言いたいらしい。足と腕のそれを取って立ち上がらせる。世祖は先ほど連結部分を見てきていた。連結のそれは客車と機関車の両方にかけられた鎖を取らなければいけないらしかった。 「残ってね」  世祖はそう言って能力を使い蘭の足をすくい上げた。身長の高い蘭は空気の抵抗を強く受けて一瞬で列車から落ちそうになる。必死に突起物を掴んでいる蘭をコナンと諸星が助けに行った。  世祖はその間に連結部分へと降りる。ピンと貼ったその鎖を無理矢理に外すと機関車は一気にスピードを上げた。客車は段々と力をなくしている。  これで良かったのだ、と世祖は涙を拭った。この選択が間違っていたら、世祖はもう#名前2#に会えなくなる。それが怖かった。 「………これでいいのかね?」  機関車に飛び移った世祖の横に男が現れる。ホームズの部屋で見かけた男。ホームズ本人だった。NPCのおたすけキャラとして出てきたらしい。世祖は彼を一瞬だけ見てまた遠ざかる客車を見た。 「うん」 「薬研くんは君に残ってほしかったようだけど?」 「……いいの」  世祖は泣きながら座っていた。これで良かったのか全く分からない。自分はゲームオーバーになる。これで死んだら、きっと薬研には恨まれるだろう。ただ、#名前2#はきっと怒らない。そんな気がした。 「そうだね」  ホームズは世祖の心を読めるらしい。世祖はけらっと笑った。 「そうなるといいのにね」  取り残された列車が急に動き出した。ゴールに向かってるとなぜか分かった。列車が止まって下ろされる。蘭と諸星を先に下ろし、自分が最後になったらなぜか自分だけ最初の入口のところに来ていた。 「……。なあ、そろそろ出てきていいんだぜ? 諸星秀樹、いやノアズアーク。それとも、ヒロキくんって呼んだ方がいいかな?」 「……いつから僕のことを?」  頭の上の輪が光る。あの加工した声はよくよく聞くと諸星の声に似ていた。 「薬研くんだよ。諸星くんはパーティーで見た時には薬研くんの行動を気にしてたのに、君はゲーム内ではそんな行為を見せなかった」 「……。残念、気をつけたのに」 「……姿、見せていいのか?」 「大丈夫、今は現実世界と接続を切ってある。一緒にいた蘭さんも少し眠りについてるところだよ」  ゆっくりと暗闇の中から姿を見せる。小学五年生のヒロキだった。きっと、諸星とは年齢的に合っていたから選んだのだろう。 「君は日本のリセットと言っていたけど、それは皆を殺すことじゃなくて皆が一致団結して危険を乗り越えることを期待してたんだろ?」 「……そうだね」 「君の優しさは世祖が多分知ってたのかな? あいつだけ、いつもと違ってた」 「諸星くんの体を借りてね、世祖と……みんなと一度くらい遊びたかったんだ」    #名前2#は警察関係のプライドなどについては全く分からず、ただ関係って大変なんだろうなあという思いだけ持っている。彼の糸瓜のごとき脳ではその程度しか情報はからめとられず、代わりに世祖がすべてを把握していた。  自分のできないことをする人を嫉妬することは普通あるものだが、#名前2#には世祖と出会ったその日からそんな気持ちは沖野に斬られてしまって持てなくなった。薬研は医者として知識を持っていた。その知識によると#名前2#という男は定石通りに破綻していた。そしてその破綻は世祖にも移ったのだ、と言った。  ヒロキは知っている。自分が特別じゃないように、世祖も特別なんじゃない。神様が世祖をえこひいきしたのだ。  えこひいきしたお陰で彼女は言葉をうまくしゃべれなくなり、学校にも行けず、こんな悲惨な人生を送るハメになった。 「僕はね、そんな世祖が好きだったんだよ。僕とは違うのに、その根っこはとても似ている」  ノアズアークことヒロキは泣き笑いしながらそう云った。 「世祖と遊びたかった。最初の目的はそれだけだったのに、いつの間にか僕は手段と目的を履き違えていたようだよ」 「……それでも、世祖は楽しんでいたと思うよ」  それは嘘だった。世祖も薬研も苦しんでいた。命をかけるという単語がスイッチだったように思う。彼らはそれで頭がいっぱいになって、いつも通りの様子ではなかった。 「……最後は、驚いたよ。まさか世祖がそんな風に人を守ろうとするなんて」 「変えられたんだよ。#名前2#さんに」  ヒロキは少しだけ目を瞬かせて「そうだね」と頷いた。 「僕はもうここにはいられない。だけど、世祖が僕を引き止めてくれた。彼女はきっと分かってたんだね。僕が消えることを。コクーンに乗る前にノアズアークのデータを密かに彼女の持つラップトップに移されていたよ。もう、引きずられてきてるしね……。彼女のところで自分を、とり戻すよ」 「ああ」  そう言うとヒロキはノイズと共に消えていく。残ったコナンは目の前に現れた光のゲートをくぐる。これでようやく、現実の世界に帰れるのだ。  コクーンから出てくると、親と子どもが感動の再会を果たすためにステージ上に出てきた。自分の親はきっと上から高みの見物だろうな、と管理司令室に目を向けると横から伸ばされた手が自分のほっぺたをつついた。 「コナン君、おつかれさま」 「蘭ねえちゃん…!」 「カッコよかったよ」  蘭と会話したところで#名前2#と世祖を探した。ノアズアークがどうかったのか、気になったのだ。 「ごめん、蘭姉ちゃん。僕、ちょっと#名前2#さんとこ行ってくるね」 「え? うん、わかったわ」 「#名前2#さん」 「おお、コナン、おっつー」  命のやり取りをした人間に向けてなんと軽い言葉をかけるのか。コナンの視線もものともせず、#名前2#はフォーマルドレスを着ている世祖を抱き上げた。スカートの中身が見えるのではないかと心配したがパニエがぎっしりと履かされていた。 「世祖、コナンが生き残ったんだぞー」 「うん、」 「ん? 違うのか?」 「いや、違わないけど……」 「コナン」  世祖が久々に自分の名前を呼んだ、と思ったら自分のガラケーを出してきた。 「ヒロキはもう消えちゃったの?」 「……。ヒロキくんは、ノアズアークとして世祖のもとに残るんだ」 「ヒロキ、おしゃべり出来なあの?」  世祖のまっすぐな目線にコナンはたじろいだ。世祖に突然に現れる幼さを思うと真実を言うのは残酷なことをしている気分になる。 「出来るようになったらできるだろ、」  沈黙に終止符を打ったのは#名前2#だった。やはり、と言うか。 「世祖が出来るようにしてやんな。ヒロキは待ってるだろうし」  #名前2#の言葉に世祖はにっこりと花を咲かせるように笑って花びらをふわふわと撒き散らす。楽しい、という顔ではない。嬉しさが止まらない、と全身で表現しながらくるくると#名前2#の足の周りを駆け回ってコナンにヤッタネと笑ってくる。 「ああ、良かったな」  コナンにはそれが良いのか悪いのか分からないけれど。世祖たちがそうやって笑うならば今はすべてを知らなくてもいい。解かない方がいい謎、だった。  三日月と世祖と薬研と#名前2#とで食事に来た。創作料理の店と銘打っているが、実際はアジア料理を日本風にアレンジしたものだ。ここのタコライスがとても上手いのでよく食べに来る。  薬研と世祖は無言で食べ始めたが次第にその速度は加速してついには泣きながら食べ続けていた。 「そんな焦るなよ。お疲れ様会なんだから。まだ注文はあとから来るさ」  タイ風チキンに鶏肉のフォーにエビとバターのアヒージョがこれまた上手い。ぱくぱくと食べる三日月に対して#名前2#は「お前さんが主役じゃないんだぞー」と声をかける。 「俺が機械関連をやったのだ」 「はいはい。ありがとさん」 「もっと褒めよ」 「褒めなきゃいけないのは世祖と薬研だろー?」  ぴくりと薬研の動きが止まった。スプーンを机に置いて#名前2#を見つめた。目の焦点がぐらぐらと揺れていた。 「俺っち、は、褒められるのか?」 「? ああ、褒められるべきだろ」  #名前2#は何言ってるんだよ?と言うようにアヒージョを口に入れる。どう見ても1口ではないパンを無理矢理口に放り込んだ。硬いそれに口がばりばりと傷つけられて少し痛かった。 「……そうか、そうなのか」  薬研はまた泣きながらチキンにかぶりついた。世祖は何も言わずに食べている。三日月は横に座る薬研の頭を撫でた。 「お前らさ、色々考えすぎなんだよ。ここにいんのは今は刀剣男士じゃなくて人間なんだしさ」 「そうか? そうは思えんがな」 「意識じゃなくて、体の問題。本丸じゃあ成長なんてしてないだろ」  #名前2#の主張は最もだったが納得はできなかった。まだ言葉を連ねようとする#名前2#を世祖が黙らせる。#名前2#は不貞くされながらハイボールを飲んだ。高いのもいいがこういった庶民な酒も悪くない。 「#名前2#さんは」 「んー?」 「俺っちたちをどう思ってるんだ?」 「……」  そんな恥ずかしい言葉をここで言わされるのか。#名前2#はひくりと頬をゆらしてハイボールを一気飲みした。 「家族じゃねーのかよ」 「ならいいんだ」  薬研はほっとしたように笑った。泣くのはやめたのか本丸にいた時のように食事にありついている。変な薬研だな、と言いながら#名前2#はフォーに手をつけた。  薬研は店を出たあと、#名前2#と三日月に「いち兄には言わないでくれ」と念を押した。分かってるよと#名前2#は返したが本当かどうかは分からない。言わないでもらうよう願うしかない。 「じゃあな、薬研。今度はいつ会うか分からんけど」 「ああ」 「世祖、あいさつ」  とん、と膝で世祖の背中を押した。世祖はふっと薬研を見つめたがすぐに視線をそらした。 「……ばいあい」 「ああ、またな」  握手は一瞬で終わった。それでも彼らにとってはこれで良いのだと三日月は思った。 薬研たちが疑われる要素全くないですね、すみません…。