赤井秀一と

 #名前2#は黒の組織だとNOCではないジンたちの方が好感を持っていた。ノックたちの仕事に不満を持っていたこともあるが、それが大きな原因ではない気がしていた。  なぜだろう、と考えたら世祖がこの組織をあまり持て余してないからだろうという結論に至る。なんだかすべての基準が世祖になっている気がする。目の前の男はその事に文句があるようだが気にしていなかった。 「明美さんの元カレで、しかも彼女と付き合うためにジョディ・スターリングとお別れして……。赤井さんも難儀っすねえ」  敬語を外せ、と言われても#名前2#は使っていた。元から使うのは苦手だし筋肉バカと沖野に言われたりするが沖野の説教の方が嫌いなのだから仕方ない。  明美さん、と言ったのは#名前2#が彼女をアイドルのように好いていたからである。明美のことをきちんと知った時には既にこの男は隣に立っていた。「幸せにしてやれ…!」というファンの心境でいたのに、世祖から真逆の事情を聞かされた。 「明美さんが幸せになれるよう俺頑張る」などと言っていたことが懐かしい。結局、世祖のそばにいるだけでは明美を幸せにするように動くなんて出来るはずもなく。世祖は#名前2#のために動く気配もなく、彼女がコナンの腕の中で死んだことを後から知らされたのだ。しかも新聞紙で。  3億円現金輸送車強奪事件だったかそんな見出しで騒がれていた事件の犯人がまさかそのアイドルだとは思っておらず、#名前2#はコナンたちが明美の遺体の前で泣き崩れている写真を見てすぐにコナンに確認しに行った。  コナンは彼女を助けられなかったことを悔いていたが、#名前2#は救えなかったことと救わなかったことを同一視するつもりはない。話を聞いて、コナンを労わるだけの心はまだ持ち合わせていた。  さて。件の彼女が死んだ一因となったこの男を恨みこそしない。ただ思ったのは「この男のために明美さんは生きてたんだよなあ」と。女からの一方的な期待によってできているんだなあと思った。  赤井秀一に与えられた設定というキャリアはややこしいのだ。彼を最上の幸せに連れていくためにあえて苦痛に落としているとでも思わなければ心が折れてしまいそうなことばかりである。#名前2#がもし赤井だったら潜入捜査の時点でその任務の重さに倒れるかもしれない。 「自閉症を2人も育てた君には言われたくないな」  沖矢昴の顔のまま赤井秀一の声を出されて#名前2#は少しのあいだ面食らった顔をさらしたがすぐにいつもの表情に変わって「誰から聞き出したんすか?」と言う。 「シグマだ」 「ああ、あの人……。うん、しそう」  シグマこと沖野は人の嫌がることをぐりぐりと爪楊枝でほじくってばら撒くことが趣味のような感じがする。あくまで感じであってその人を言ってるわけじゃないけれど。ただ似たようなことはいつもされている。人の思い出したくない話をわざわざ知らせなくてもいい人に教えるというのはその悪趣味のせいだ、と言っても許されるだろう。  #名前2#にとっては世祖と出会う要因の1つになった自閉症の甥っ子のことはあまり思い出したくない話だ。初めて人を救えなかったやるせなさと同時に自分のセクシャリティについて考えさせられる話だった。今にして思うとあの行動は良かったのか悪かったのか考えてばかりで早々に逃げたことを後悔することもある。  焦げ付くような感情は体をストレスで包み込み不意に急激な痛みを与えてくる。ズキズキズキズキと傷んだらふっと止む。その痛みには薬が効かず精神的に自分に与えているものだろう、と医者に言われており#名前2#はいつも耐えていた。そして今。その痛みが今は左肩を襲っていた。ズキズキズキズキと関節の奥の奥が痛む。 「それで、俺に何か?」 「君はなぜ俺達にそうやって腹を立てている?」 「俺達?」 「俺にもだが、ジンやベルモットにもそうだっただろう。例外だったのはウォッカぐらいだったじゃないか」  なんだ、バレてたのか。#名前2#はそう思いながらもにへらぁりと笑って「それが何か?」と煽るように聞いた。自分に対して暴行しても意味が無いことなどこの頭のいい男は知っている。#名前2#が傷つけば世祖はその怒りのままに暴走し、どうなるか分からない。組織も赤井たちもみんな壊滅して世祖と#名前2#と沖野だけが助かる世界はさぞ滑稽で哀れなことだろう。 「……」 「子どもじみた理由なんで気にしないでくださいよ」 「それが聞きたいから今日、君を呼んだんだが?」  痛みが止んだ。ここですぐに判断がつかないことは痛みがまた襲ってくるかどうかである。#名前2#は慎重に口を開いた。  あまり長話をするもんじゃァない。言いたくはないことだが目の前の男は聞きたがりだ。色々、色々という枠を超えてすべてを把握しようとしてるんじゃないかな。 「……説明できるようなちゃんとした理由はありませんよ。強いて言えば自分の感性と合わないなあって。厄介なことに妥協するとか、受け入れるとか俺も向こうもできなさそうだったんで、最初から距離を置いたんです」  そう言って#名前2#はペットボトルの水をぐびりと飲んで親父のようにプハァと息をはいた。犯罪者と分かりあえるような考えは持っていない。なんで組織に入ったのか、#名前2#は分からない。嫌うとは少し違う。よく分からないから怖がっているのだ。 「ほー……。それで、嫌いな俺とどうして仲良くするんだ? シグマに言われたのか?」 「いいやぁ、そんな事ないっすよ。単純に赤井さんのことは尊敬してますよ」  赤井秀一に対して敬語でそんな毒を吐くのは#名前2#くらいだが彼はこれを素で言っており悪口を言おうと考えている訳では無い。世祖がいれば#名前2#の膝に教わった回し蹴りでも食らわせているのだが生憎と彼女はもう寝ている時間である。 「そうか、それなら」  赤井の顔が#名前2#に近づいた。手のひらを頬にあてられて、じっと視線が交わる。色気も何も無い清新な気すら漂うような感覚だった。  赤井の目を#名前2#はキレイとは思わない。グレーがかった目は#名前2#たちとは違う漫画の世界の人間だと思わされるし、人殺しに近しいことも厭わない男の目だとも思う。自分と同じかそれ以上に淀みを目に携えている、と。  対して#名前2#の目を赤井はキレイと言える。コナンのような青い瞳ではない。日本人らしく黒い目で、渦を巻くかのように中心に向かってその色味が増していく。この世でいちばん危険な存在に存在する意味を預けた、いちばん可哀想な男。そんなイメージを持ち続けていたせいか、この男を気に入っている自分がいるせいか、男に嫌われている理由をようやく知れたことへの喜びのせいかいまは小さな宇宙をその中に隠しているようだった。 「君のことを、俺が守っても?」  あんたはもう守ってるだろう、と#名前2#は心の中で思った。亡き宮野明美の妹、灰原哀を守っている。自分の妹である世良真純も。ジョディ・スターリングを筆頭としたFBIの仲間も。それでもまだこの男は何か求めるんだろうか。 「やめてください」  #名前2#は真っ直ぐに赤井を見ていた。それは弱い人間だとか、強い人間だとかそんな類の定規をつけることすら許されない覚悟を宿した目になっていた。 「誰かに責任を押し付けるつもりありません。子どもじゃないんですから、ちゃんと自分の足で立ます」  いつだって#名前2#の判断基準は世祖だ。だがそれを誰かにとやかく言われるつもりは無い。自分は気に入っているのだ。ようやく責任のとりかたを覚えたガキのようにその言葉を振り回していると思われたっていい。実際、そのとおりであるし沖野にも叱られたが。 「こっちはね。首を突っ込まれると困る領分すよ」  赤井秀一は苦笑いして自分のソファーに戻り、振られてしまったなと呟いた。 「そうっすね、あんたがそう思うなら俺は振ったことになるんじゃないすか」 「? …君は振ったつもりはないと?」 「勝手に俺の踏み場をなくすまで荒らしたのはそっちっしょ。俺はただ…あー、2者間での和解?でしたっけ? それを促しただけっすよ」  促した、などと。さっきの口ぶりでそんな事を言えると思ってるんだろうか。さっきのは明らかに拒否の言葉だった。それはもう触った手といい問いかけた心といいさっきまで傾けていたすべてがヒリヒリと傷ませるほどの強い拒否だ。 「君は」 「なんすか?」 「これからもずっと1人で彼女をまもるのかい?」  単なる興味本位で聞いた言葉が、赤井秀一にとっては一番の痛手になる。それをこの時の彼は知ることは出来ないし、知ったとしてもいずれは沖野による趣味が働くことだろう。  #名前2#はにぃんまりと悪人のように笑って云った。 「1人は寂しいから沢山のの刀剣男士(しょうもうひん)をかき集めたんですよ」  赤井秀一は#名前2#のことを本気で好いていたのかもしれない。本気で、というのが今まで付き合っていた2人にも使われることがなかったのは、なんとなくー#名前2#の言うところの結婚したいような添い遂げたいような人でないと心のどこかで感じていたからだろう。 「赤井さん、じゃあ俺帰るんで」 「あ、……ああ」 「? なんかまだありますか?」 「……。いや、何でもない」 「そっすか。それじゃあまた何かあったら連絡してください」  あ、RINEやってます?とスマホを取り出した。やっている、と答えると待ってましたとばかりに#名前2#はサラサラと紙にRINEのIDを書いた。 「すんません、QRコードを今世祖に壊されてて」  どんな事をしたらそんな被害が出せるのか見当はつかないが赤井は何も言わず紙を受け取った。 「それじゃ」  #名前2#は赤井を一切振り返ることなく歩いていってしまう。それが少しだけ、苦しかった。  赤井秀一では見られなかった、沖矢昴になってようやく見れた#名前2#の作らない顔というのは自分の心に深く深く入り込んできた。そして根をはり芽吹き花が咲いた。  日本には花吐き病というオメガバースとはまた違った特殊設定というものが知られている。好きな人間のことを思うと花を吐く。花びらではなく、そのまま花。完治方法は両思いになること。白銀の百合を吐けばその恋は終わる。なんでこんな話をしているのかと言うと、ようするに咲いた花が花吐き病のように口から出てきそうだという話だ。  これは恋とは違うものだ、と自分でも思うし#名前2#の目もそう言うし、世祖には面と向かって 「自分 みなおす。 できない?」  などと言われてしまう体たらく。だがこの気持ちは捨てることも出来ず、誰かに渡すしかないと思った。 ーー好きなんだから仕方ない。と胸を張れないのだから自分はこうやって花びらを口に出していくしかないんだろう。ヒリヒリ痛む胸はこれからが辛くなることを教えてくれていた。