山姥切長義の話
山姥切長義は困っていた。この本丸は訳が分からない、と。監査役として分霊達が本丸へ出かけるというのに、とある本丸は事前任務があると言われて面接を受けた。その結果、山姥切長義は本丸No.42425へは行かない方がいいのではないかと言われたのだ。 「なぜだ」 たった一言しか出せなかった。自分が向かっては行けないことに写しの刀が何かしたのではないかという思いがあった。絶対にないと分かっていてもそう考えてしまったのだ。面接官だった男はオールバックの髪の毛を撫で付けて「いやあ、君には申し訳ないけどね。あの子が君みたいな刀を受け入れられるか微妙なんだよ」と笑った。悪意ある笑みだった。山姥切国広に対して愛着を持っている審神者とはまた違って彼は刀剣男士のことをもとから好いてないようだった。 「……」 「君みたいに、自分が誰かの優位に立てると思っている刀は特にね。あそこは生きづらいと思うよ」 その言葉はやけに長義にこびりついた。審神者と相談したのか数日後、他の本丸から1週間ほど遅れて監査が入った。通された部屋は応接間のようなしっかりとした作りではなかった。普段通りの自室に呼ばれたらしく洋服箪笥やコート掛けなどが見えている中で会話することとなった。古ぼけた座布団に部屋に馴染まない大きな机。対面するランドセルを背負った少女と付き従う黒服の男に聚楽第には行ける期間が短いことを話した。 「うん、まあ、はい」 男の適当な返事にまたイライラさせられる。山姥切長義は審神者である少女の視線も嫌いだった。不躾で、見透かしていて、長義は嫌いな自分を彼女に映し出してみているような気がした。自分が優位? 当たり前だ、我々はツクモガミ。人の助けてほしいという呼びかけに応えて現れたもの。それなのに、それなのに…! 「失礼する」 「あ、ちょっと」 振り向いた長義のもとにほら、と手渡されたのは何かのカードだった。はっとして見ると政府に戻るためのパスケースが空っぽになっている。落とした覚えはない。まさか、盗られた? でも、誰に。目の前の男は笑っていた。自分の情けない考えの裏で何か起きていたということか。 「手癖の悪いやつがいたらしい」 「……それは、君じゃないという確証がない」 「それはそうだ」 ははっと笑った彼からカードをひったくる。審神者守護は笑ったまま「山姥切長義だっけ、沖野さんにうちの本丸のこと何か言われたか?」と言う。人が触ってほしくないことをぬけぬけと。睨む長義に男、#名前2#はやっぱり微笑んでいる。その背中に審神者が宙を浮いてやってきた。彼女の方もまた微笑んでいる。#名前2#よりもよっぽどにたにたしい笑みだった。 「うちの本丸は特殊事例だから監査も注意を必要としてるんだが、今回はそれもなかった。察したよ、色々と。それに演練にお前に似た男もいたし」 あの面接のせいだ。監査の時期がズレたせいでこんなことになった。後で報告書に書かなければと思うが、それよりも今はどうやってこの会話から逃げようか考えていた。そんな心配も吹き飛ぶような言葉がぶつけられた。#名前2#は笑ったまま世間話のようにこう言った。 「山姥切がお前のことを楽しみに待ってたよ、仲良くしてやってくれ」 彼なりに考慮した発言だったのだろう。演練での山姥切長義は見ただけでその戦い方も知らないのだろう。それでも、審神者でもない男に山姥切の名前を写しのものとして呼びなおかつ自分をたしなめるような物言いに山姥切長義は口を開きわなわなと震えた。悔しかった。審神者ではない男、という点が悪かった。刀の知識もないようなこんな男にまでこのように言われなければならないのか、と。 気づけば涙が流れ鼻水も流れ怒っていた。自分こそが山姥切。写しとは違う。あの男はニセモノでしかない。男が近づいてくるが長義はその手を振り払い部屋を出た。あいつを見返してやる、と心の中で誓って。 ・ ・ ・ 彼にとってはこの本丸は随分と居心地が悪いことだろう。自分がその原因の一番であることも忘れて山姥切国広は彼をサポートしなければ、と思った。 「#名前2#さん、本科の指南役は俺に変えた方がいいんじゃないか」 「馬鹿だろ、却下」 即座に頭を叩かれてしまった。兄弟に困ったと話しに行くと苦笑いで「そうなると思ってたよ」と言われた。 「なんでだ」 「本科さん……じゃなかった、長義さんは世祖ちゃんや#名前2#さんに慣れることにも精一杯だよ」 「……写しには目を向けないってことか」 「うん、そういうことではないけどね」 堀川の言葉に山姥切は首をかしげた。そのまますごすごと戻っていく。極になるための修行の間に聚楽第に行く前の事前監査があったのだ。山姥切長義の方にも政府で色々とあったようだがそれは刀剣男士には伝わっていない。突然現れ、本丸に通された。設備を確認し、普段の活動を確認し適当な一室に案内して話すこととなった。天井裏に配置された平野藤四郎によると会話は世祖による術でほとんど聞けなかったらしい。しかし隙間から覗き見れたものがあったそうだ。平野は閉ざされた部屋で山姥切長義は泣いていたと言った。その証言通りに、彼は悔しくてたまらないという表情を浮かべて出てきたのだ。 「いいな、聚楽第は明日には開かれる! 必ず来い!!」 「了解しました」 泣いている監査官と笑っている#名前2#さん。はたから見ると恐ろしい光景だったそうだ。ホラー的な話ではなく、この本丸に監査官が何かしでかすのではないかというそんな危機感だった。その危機感は杞憂で終わったが監査官は聚楽第でもついてきた。時たま審神者守護について聞いて来るので三日月と#名前2#の仲を気にしている今剣なんかはとげとげしい反応だった。それでも監査官はめげずに会話しようとする。それは好きだ惚れただという三日月のような話ではないように見えた。 聚楽第の探索が始まった二日目に山姥切は隊列に加わった。#名前2#たちはあまりいい顔をしていなかったが、世祖が強要し入ることとなった。入れ替わりに本丸に戻ってきた薬研はギスギスした雰囲気の二人を見て大丈夫なのかとたずねた。 「大丈夫じゃない、と思う」 「#名前2#さん……」 「監査役とあんまりいい関係を築かないように沖野さんも世祖も画策してるんかなあ」 世祖の方を見てみると本丸に新しく植えられた菊を見てほにょほにょと体を動かしている。これは答える気はなさそうだ。薬研はあの人、本丸に来るんだろう?と言う。演練で監査官らしき刀剣男士を見たのだ。世祖たちは遅れて調査任務を始めているため報酬について誰かにバラされても仕方がない。 「山姥切長義って呼ばれてたな」 さすがの#名前2#も名前と刀種ぐらいは見ていた。打刀の彼はおそらく写しの元となった本科だろうという#名前2#の意見に薬研も同意した。となれば、彼等の関係性が困るところだ。 「本科がここに来たくないって言うのはしょうがないと思うんだけどな」 「……珍しく弱気な発言だな」 「弱気にだってなるさ、大包平や村正みたいにずっと待ってましたーって言っても好意的かどうかもわからん。会話した限り、向こうは山姥切が嫌いみたいだしな」 「……ん? なんだ、じゃあ監査に入った時に気づいてたのか」 「世祖がすぐに分かったからな、俺に教えたんだ。それで探りを…っていうか、普通に聞いた」 なるほど、あの涙はそれでかと納得した。この人の圧力に長義は負けてしまっただろう。刀剣男士だから、とか本科だから、という理由とは関係なく肉体の器が彼に負けたのだ。 「指南役はそうだな、久々に薬研。お前に任せてみるとするか」 「……まじかよ」 「マジだ。藪をつついて蛇を出したな」 #名前2#はにやりと笑う。薬研も笑い返すと風呂入ってくると部屋を出ていった。世祖は#名前2#の膝上によじ登るとごろごろと唸る。#名前2#は大袈裟な声を出して世祖をひっぺがした。大きく笑う世祖を抱え自分の仕事をするためこんのすけを探しに行った。 数日後、監査官と名乗っていた男は無事に本丸に着任することとなった。山姥切長義はいつもの口上を述べた後、#名前2#をひたと見据えて「いつか絶対に俺の名前を呼ばせるからな!」と叫んだ。