小竜景光の話

育成するって言ってもなあ、と微妙な顔をされながら入った第一部隊。ほかの刀たちの練度は軒並み上限に達しているため、第一部隊で極を育てているらしい。とりあえず重傷になった時用のお守りを持たされて出陣した。極になれるのは今は短刀、脇差、打刀で第一部隊には短刀しかいなかった。 傍から見れば引率とその生徒だったが実際は小竜景光が引率されている側だ。そこに思いがあるわけではないが、どうにも気持ちが追いつかなかった。 「そんなもんですよ、最初は」 「……」 「嘘だあって顔しましたね? ほんとですよ」 物吉貞宗。幸運を司る刀だそうで、何の願掛けか小竜は彼と内番を組まされていた。本来ならば新刃には必ず刀が一振着いていくのだが、戦力拡充計画で皆がバタバタしているため物吉が宛てがわれた。 「誰を狙ってるんだっけ?」 「亀甲貞宗です。同じ貞宗派ですね」 「…? 嬉しくなさそうな顔だな」 「噂によると性格が面倒くさそうなので」 「はは、言うねえ」 小竜の頭の中に同じ長船派の彼が思い浮かばれた。拡充計画で手入れ部屋に入ったり出陣したりを繰り返している彼だ。#名前2#がローテーションを組もうと言っても彼はほとんど出ずっぱりになっていた。別に同じ長船だからと気にかけているわけでもない。 「はいはい、そうやって意地張るのはもうやめましょうよ」 「張ってないよ」 「張ってますって」 ぺちん、と叩かれた頬にイラッときて横を睨むと素知らぬ顔をされた。 「君、意外と性格悪いよな」 「よく言われます」 これでも世祖たちには優しくしてるんですけどね、と言って物吉は鍬を置いていた鍬を持ってまた耕し始めた。 燭台切光忠が太鼓鐘貞宗と一悶着あったのはまだ記憶に新しく、今度は小竜景光とのあいだにも起きてしまったのは#名前2#の過失であった。 とは言っても、まさか燭台切光忠が未だにそういう性格であることにも驚きはあった。軟化した彼は昔よりも男士であることを謳歌していたのだ。なぜ喧嘩なんてしたのか、刀剣ではない世祖たちには分からないところだった。 指南係の蜂須賀虎徹は2振りの言い分も筋が通っているとして、もっとやれと煽る始末だ。刀としての矜恃か、自分で振るうことになった恐怖か、刀剣男士たちにはそれなりの思いがあるのだ。 「それで、彼をつけたのはアタリだったかい?」 「失敗しました」 「いらぃ……」 世祖の健康診断と称して口を大きく広げるともちもちの何かが口に飛び込んだ。この世界での治療に関するものらしいが複雑な名称だったので覚えきれていない。 「久々の喧嘩に主である世祖の方が支障をきたしたのかい」 「ちょっと本丸での負担の荷重が変わったみたいで」 刀剣が増える分、世祖の負担も大きくなるのだが刀剣同士の喧嘩はそれなりに堪える。世祖は痛みに弱いため早々に泣き言を漏らしているのだ。 #名前2#はそんな痛みくらいで喚くなんて、と思っていたのだが一緒にいるうちに痛みを過敏に感じるように体が出来ている、と気づいた。未来の体は大変だなあと勝手に思っていた。 「早く解決しろとは言わないけど、ちゃんとやるんだよ」 「はい、分かってます」 さて、返事はしたもののどうすればいいのか。#名前2#も喧嘩し続けたあとに仲直りすればいいと思っていたのだが燭台切の方が完全に会話を遮断してしまっている。刀たちも多いため話そうとしなければしないで済んでしまう。かといって無理に組ませるとめんどくさい。 「ここは、一旦外に出るか」 #名前2#はそう言って内番表に新しい欄を作った。内番:現世視察の完成だ。 「ってことでここなら喧嘩してもいいから」 「……」 2205年の世界は#名前2#も慣れないのだが、なぜか戦いのためのスペースが政府から用意されている。利用許可をとってから来ているのであと2時間は#名前2#たちが自由に使える。 「#名前2#さん。僕は彼と話すことは何も無いんだけど」 「俺もだよ」 「テメーらがぐちぐちとやってると見てるこっちも気分悪いからさっさと戦ってどっちが正しいか決めろよ」 「正しいとか正しくないとかじゃないよ、#名前2#さん」 「こればっかりは同感だ。俺はただ付喪神として今なら楽しく生きられるって思っただけなのにそっちが…」 「そういう甘い考えを同じ長船派の刀が持ってるんだと思うと反吐が出るんだよ」 「えーい、だから戦っちまえよ!! ステゴロで!!」 ぶんと手を振るい#名前2#の腕に燭台切光忠と小竜景光の本体が集まってくる。あ、と誰かの声が聞こえた。 「……」 「……」 「認めたくないとか思っても同じ仲間として妥協点は必要! ライバルにしたって戦わないなら意味無いから! 負けと認めたら終わり! 目潰し、金的、あと喉潰すのとか負けを認めさせないやつ禁止! 以上、始め!」 ぱんとなった音に反応したのは意外にも小竜の方だった。距離を詰めて光忠に殴りかかった。しかし本丸にいた時間の長い光忠の方が躱すのはうまかった。横に避けたと思いきや殴りに来た腕を膝で止めて片手で小竜の顔を叩いた。叩いたというよりは殴った。裏手の拳は見事にクリーンヒットした。 「ぐっ……」 「まずは1点だね」 「ハ、笑ってろ!」 また殴りに行った小竜に光忠は芸がないと思いながら今度は避けるだけにしてやろうと右にずれる。それを待っていたと言わんばかりに小竜は軸足を空中に蹴りあげ、もう片方の足を浮き上がらせるとそのまま光忠の腹を蹴り飛ばした。手を付きバックへ回転しながら逃げたところに光忠も詰め寄る。迷いのない拳が起き上がる小竜の肩を突いた。 「うっわ、あれ骨がイカれる」と#名前2#も思わず漏らした。光忠は前かがみになった小竜の頭にさらに肘を食らわせる。膝打ちをしないだけマシだな、と思いながらさすがの#名前2#も止める気分になった。これ以上やらせると小竜景光の方にダメージが行き過ぎて戦場に行けなくなってしまう。 「光忠、そこまでにしろ」 「……」ほう、と息をついた光忠は#名前2#を見て笑った。 「こんな時だけ名前なんてずるいよ」 目を覚ました小竜景光はここが本丸であること、自分が負けたことになったと悟った。しかし、普段よりなぜか体が軽く外も明るい気がする。 「起きましたか」 「物吉……」 「おはようございます。もうすぐお昼ですよ」 「俺は、負けたんだな」 「ズタボロだったみたいですね!」 物吉の悪意のない言葉が胸に突き刺さる。練度は関係の無いステゴロ勝負。単純な力負けではなく、あれは経験の差だった。 「適わないねぇ」 「何にですか?」 「いいや、何でも」 負けたというのになぜか体は軽やかだ。体も包帯に巻かれてはいるものの全く痛くない。じゅんわりと美味しそうな匂いが漂っている。これは完熟したトマトが煮られている匂いだ。 「今日は久々に燭台切さんが料理されるそうですよ」 「燭台切が?」 「はい。そろそろだって言いながら」 「はは、あいつ……」 燭台切光忠が刀としての矜恃にこだわる理由は#名前2#から聞かされていた。しかしそれで終わるのはもったいないと思っていた。こんな形になるとは思わなかったが結果としてはまずまずだろう。 「たべにいきますか」 「ああ」 日差しが眩しかった。