こんのすけの話

 ある日、世祖を寝かしつけたあとに夜に月を見た。寒々しい冬なのになぜか「見てよう」という気分になった。冬だし、雲で月がいつ隠れるか分からんが今はピカピカに見えた。  冷たい空気の中で視界がはっきりしている。吐いた空気で手を温めながら一旦部屋に戻った。  ごそごそと部屋から毛布を持ってきたらこんのすけが近づいてきた。 「どうしましたか?」 「月を見たいんだ。ついでになにかしたいと思って」  ひとりでも出来ることは少ない。デバイスを扱う気分ではなくてノートとシャーペンを持ってきた。誰かに向けて手紙を書こうと思ったのだ。  字が汚いのでこれは下書き用。あとでレターセットを買ってきちんと書くのだ。届くとは思わないが書いてポストへ入れたかった。 「……お供してもよろしいでしょうか?」 「ああ、もちろん」  手紙の書き出しには相手の名前を書かなければいけないが……。誰かと限定しては何もかけない気がした。仕方なく「様へ」という字だけ書いた。下書きなので書かなくてもいいとあとから気づいた。 「……」  何を書けばいいのか本当に思いつかなかった。本丸のことを書けばいいのか世祖のことを書けばいいのか。  友人宛に手紙なんてほとんど書かないからどんな風に書いていたかも忘れてしまった。こんのすけは無言で月を見ている。自分も月を見ようと上を見上げると雲がちょうどかかり始めていた。 「こんのすけ、お前歌は?」 「残念ながらインプットされておりません……」 「あ、いや、いいんだけどさ」  ただ、歌を久々に歌いたくなったのだ。月を見て歌を歌うなんてまるで平安時代の人間だ。彼らが歌ったのは気持ちであってポップミュージックではないけれど。 「俺のいた時代にさ、ものすごく反響を呼んだチャリティーソングがあって。甥っ子が、学校の合唱で歌ってたんだ。家でも歌うしCD流すし俺もなんとなく覚えたんだ」 「コンパクトディスクでしたっけ? まだ音楽がものになってた時の」  2015年よりも昔の和風な雰囲気でこんのすけが2205年のことを言うのはなんだかおかしく思えた。#名前2#はそうだよと頷いてつぶやいた。 We are the world We are the children 「どういう意味なんですか?」 「人類みな兄弟、みたいな」 「やべー歌ですね」  こんのすけはまるで人間の様な表情だった。はは、と笑って#名前2#はこんのすけのことを自分の懐に入れた。冷たい毛だったが毛布と半纏にくるんでいたらすぐに暖かくなった。 「もう1度聞かせてくれませんか? さっきの歌」 「やべーやつなのにか?」 「はい。やべーからです」  仕方ねえと#名前2#は歌い出した。 We are the world We are the children We are the ones who make a brighter day, so let's start giving 「#名前2#さん」 「んー?」 「#名前2#さん、歌詞を書いてください」 「ああ? 何でそんなこと……」 「今、曲調をインプットしました。歌詞も見せてくれれば覚えます」 「……」 「一緒に歌いましょう」  自分で検索すればいい、という言葉を隠して#名前2#は「様へ」という宛先を消して曲名を上に書いた。 「えーっと、最初の方は……」  あやふやな記憶のまま歌詞を書いていく。サビのところは繰り返しが多いので米印で繰り返しと書く。チャリティーソングと言うだけあって、全体的に見ると呼びかけるための曲というイメージが強かった。あのマイケル・ジャクソンが大勢の歌手を動かしたのだから相当なカリスマなのだろう。 「ここもそんなふうになるんかなあ?」 「はい? 何がですか?」 「ううん、なんもない」  #名前2#は酒を飲み干すとまた歌詞の続きを書いた。英語の発音しか覚えてないところはカタカナで発音だけ書いた。あとからそこだけ検索すればいい。  アフリカのため、ひとつになろう。そう言われて何かやれる人はきっと少ない。知らない人のためにお金や力を使うなんてことなかなか出来ない。そう思うと刀剣男士の本霊たちに感謝だなと思った。昔の使い手の子孫に、自分たちを手酷く扱った人間に、自分の分霊を使役することを許すなんて。  今日の昼に沖野さんに読めと命令された資料はブラック本丸についてのものだった。分霊たちが、審神者を信じられなくなり新しく来た審神者さえも嫌がるという案件のものだ。これは一部の刀剣男士しか起こさないことが分かっている。刀剣男士たちが、刀剣から男士として人間らしくなった刀たちがそういった案件を起こすのだ。 「……こんのすけも、ありがとうな」 「? どういたしまして」  こんのすけは機械的にその言葉を選んでいた。ぐしゃぐしゃと撫でくり回すとこんのすけを抱えて屋敷の中に戻った。