三日月宗近の話
「三日月宗近と小狐丸の配布、っすか」 週に1度のビデオ通話。青いパネルの向こうには沖野が沢山の書類に囲まれて椅子に座っていた。手にした書類ファイルには『Seiso』と筆記体で書かれていた。 「ああ、そうだ。政府の上の役人たちが審神者の討伐活動をようやく認めてね。レア2振りを配布しろとの命令が下ったのさ。勿論君の本丸もだよ」 「ふーん」 #名前2#は頬杖をついてパネルに出てきたその2振りを見ながら「新品なんだな」とつぶやいた。 「ああ、そうだよ。だから困ってる」 「だな」 「なー」 #名前2#のあぐらをかいた上に世祖は座って頬杖をつく真似をした。まだ柔らかいその手はほっぺたに沈み込んでもちのような印象を受ける。つつきたい衝動を抑えて#名前2#はこぶしを握りしめる。 「今、いない刀剣は誰だったかな」 「不動、数珠丸、……えーと、あとは?」 ーはい、その2振りでよいかと。と、近侍の蜻蛉切が後ろで頭を下げたままそう言った。 「です」 「連結させるにも、彼らはブラック本丸から来ているからね…。新品はそういうのを嫌がるんだ」 「ですよね。俺の方で説得しましょうか?」 「いや、刀解で構わないだろう」 「了解です」 それじゃあ、と言って通信が切られた。ぷつん、と盗聴防止の結界が切られて内番をする刀たちの声や、昨日夜戦に出ていた短刀たちの起き上がる声が聞こえてくる。 蜻蛉切は苦笑いで「お疲れ様でした。お茶はいりますか?」と聞いてくる。いや、いらんわ。と答えそうになって止めた。練度がカウンターストップしてしまった蜻蛉切はこうやってでしか自分たちに貢献できないのだ、と気づいた。 「……もらうよ」 「はっ」 蜻蛉切が静かに部屋を出て行く。厨に出させるこの行為は刀剣たちにとっても大事なことなんだよなー。と頭の片隅で思いながら頭をさげた。世祖はそんな#名前2#の背中にくっつくと、つぶやいた。 「また来たよ」 「おう」 #名前2#も心得たように陸奥守を腰にさし、世祖の懐に短刀を押し込んだ。準備はこれで完了である。ドタバタとした足音と時折聞こえる水音。ゲホゲホと聞こえる咳の声。障子が力強く引っ張られ厚がその大きな声で張り叫ぶ。 「#名前2#さん、大変だ! 三日月がまた血を吐いた!!」 障子の後ろからは長谷部に抱きかかえられた三日月が血まみれの顔をのぞかせて「あい、すまないなあ」と残念そうに言うのだった。 この本丸は順調に刀を集めていた。世祖が政府の役所に行かなければむやみな摘発は起きないし、刀を引き取ることもないと気づいたのはいつだったか忘れたが…。まあ、いつかだ。とりあえず刀も集まってきた。新人の不動や数珠丸は行くのが面倒で行かなかったのだが後から青江にしかられてしまった。 それで、だ。吐血三日月はうちの本丸の中では珍しくブラック本丸刀剣だ。今じゃ数の多くなった刀剣の中では一番いそうなやつなのだが、残念ながら大体のブラック三日月っていうのは穢れを持ったまま生きたくないという理由で刀解をするのだ。えっと、それで吐血三日月はこっちに来たいと言ったから理由を聞いてみた。すると、「惚れたものがいるのだよ」と返された。 なににビックリしたかって刀でも恋をするんだなあって。それで、世祖はすぐにわかったらしいのだが俺には相手はわからなかった。まあ、適当にやってくれや。と思っていたのだ。想い人が世祖じゃないという言質はとったから、まあ相手は男しかいなくなるがゲイってことには気にしない。ロリコンじゃなきゃいいんだ。そう伝えると三日月はホッとしたように「ありがとう」と言った。演練で見かける三日月は色んなやつがいたがこう…なんだ、そうか、恋をした中学生女子みたいなやつは初めて見た。 その応援だか援護射撃だかで同じブラック本丸から小狐丸もやってきた。他にもいい条件を出した本丸はあったがそれを蹴ってまで来たのだ。友達思いのいいやつというか……。 「#名前2#、そなたは俺のような面倒な刀は嫌いか?」 「いや、そんなことはねーけどな」 血を拭きとって世祖の前に座らせた。穢れの所為で吐血しているらしいのだが、半月経っても治らない……。なんて頑固なやつなんだろう。世祖が懐に入れた薬研の本体を持って三日月に充てると吐血はおさまってくれる。数時間だけだが。 「#名前2#さん、はいこれ。お湯に濡らした雑巾」 「お、燭台切。あんがとな」 穢れの溜まった血は刀剣たちには毒だ。現代語で言うならばペロッ、これは…!青酸カリ…!!みたいな感じらしい。なので畳は毎回取り換えてるし(金は沖野が出してくれた)廊下は世祖と俺で雑巾がけ競争状態だ。 「世祖、ぞうきん」 「ん!!」 薬研を三日月にあずけて世祖が雑巾をもって廊下に出て行く。 「#名前2#さん、ありがとう」 「気にすんなよ」 燭台切と薬研が苦笑いをして職務の書類を運んで行った。俺はなにか変なことでも言ったろうか。適当に手を振りながらその場をあとにした。ぞうきんがけを終わらせると洗濯物をしていた御手杵と秋田のコンビがタオルをくれた。世祖がお気に入りのチューリップの刺繍がされたタオルと俺のフリマで適当に買ったマイクロファイバータオル。 投げかけられたそれらをキャッチして世祖の顔をふいてやった。 「んっ、んっ!」 「ほれ、脇も拭けー」 ばんざいをして半袖を脱ぎ捨てた。キャラクターがプリントされた下着のまま世祖はタオルを頭にターバンのように巻きつけて秋田のもとに駆け寄った。 「世祖、大丈夫なのか?」 「そのままにしといたら汗疹ができそうだな…」 「じゃあ俺が拭いとくよ」 ずぼっと御手杵の手が世祖の背中に入ってごしごしとタオルで拭かれる。俺がやると怒るくせに世祖は刀剣たちには怒らない。こんのすけに理由を聞かせてみても答えてくれないからたぶん何か面倒な理由があるんだろう。 秋田はバスタオルをマントのように肩にくくって洗濯物にアイロンをかけている。刀剣だし、秋田は声も出せないようなブラック本丸にいたから心配していたのだがアイロンは怖くないらしい。ちゃっちゃかかけて粟田口勢の内番のシャツや山姥切の布が折り目もよろしくたたまれていく。まるで職人の手だ。別にかけなくても俺は怒らないのだが秋田はマメな性格をしている。 「#名前2#さん、汗だくですね!」 「ん? まあ、本丸の廊下一周したからなー」 「あはは、それは大変だ! 今度は僕も入れてください」 「もちろんだ。秋田は掃除がうまいからな」 アイロンを持ってないことを確認して頭をなでると、ヒヒッと褒められた弟のように笑った。すると、世祖がその腕と太ももの隙間に顔を突っ込んできた。 「ああ、世祖ってば。まだ拭き終わってないぞー」 「や! や! #名前2#、ごはん!」 「はいはい」 仕方ないなあ、という風に座っている御手杵の頭もなでて4人で大広間に向かった。今日のご飯はなんだろうか。ご飯づくりの当番は確か石切丸と愛染の2人だ。ずるずると音をたてて吸い込んだ。ネギがぴりっときいて、そばの風味がより際立つ。 「うまい」 「だろう?」 「俺がそばを切ったんだぜ!」 愛染が誇らしげに言ってそばをすすった。石切丸は朗らかに笑って「愛染はきれいに切るんだよ。私はそういう器用なことはできないから助かった」と言う。石切丸はその機動の遅さの所為かなんなのか動きがゆっくりだ。愛染や今剣、博多みたいにすばしっこくて器用な短刀をそばにつけないと当番がまったくはかどらない。特に食事は。それでも面白いことに世祖が何かしようとするとパッと、機敏に動けるのだ。 「世祖、瓶、倒れる」 「んっ! おかーり!」 「あいよ、世祖!」 倒れそうになったつゆを入れた瓶をすぐに止められる石切丸。戦闘とでの大違いな姿にそ驚く新人が本丸での名物だったのだが最近は新人もいなくてつまらないことだ。 世祖がずるずるとそば湯を飲んでぷはっと髭をつくった。 「世祖、髭できてんぞー」 「??」 タオルでふくと髭切が「僕の出番だったのにねえ」と笑った。そりゃあ名前からしたらそうだろうな!と笑ってまたそばをかっくらう。てんぷらをのっけたり、とろろを乗っけたり。みんな思い思いのトッピングをしながらも幸せそうな顔で食事をしている。なんというかそれを見ている俺の方が満足げな顔をしている気がする。 「#名前2#よ、俺にもおかわりを」 「ん。愛染-、三日月の椀も頼むー」 「ちょっと待ってくれなー!」 おかわりのそばをじゃぶじゃぶとすすいでまた大皿に運ばれてきた。愛染の顔が半分埋まるくらいにまで盛られたそのそばは自分たちで作ったそばの実から作った。なんというか感慨深い思いで、みないつもよりよく食べる。普段は小食で半分も食べない宗三ですらおかわりをしているのだから相当だ。三日月によそって渡すと三日月も初めてのネギに挑戦した。辛みが強いぞ、と言ったのだがたっぷりと入れた三日月はすぐに涙目で水を要求してきた。 「うぅ、辛い…」 「だから言っただろ。ほれ、水」 お冷が遠くて自分の水をそのまま渡したら三日月はちょっとためらった後にぐびびっとすべて飲み干してしまった。 「いい飲みっぷりだな。おーい、誰か。そこのお冷とってくれ」 「これですか」 「おう、ありがとうー」 お冷にたっぷりの水を注いでそばを食べる。夏の景趣につけられた鈴がチリン、と鳴った。